佐藤実(m/s, SASW) + 吉田アミ
/聞き手:Asuna
〜 2007年11月、渋谷にて 〜 ― 2002年頃に佐藤さんの「SASW」名義のリリースされてない音源集をCDRでもらった中に、今回の作品(track1、1997)が入ってたんですけど、それまで僕がライブで見て知ってたアミさんの音とは全然違っていてすごく新鮮に聴こえたんですよね。それと同じコンセプトで再び録音したら面白いんじゃないかと佐藤さんと話していて、そのまま時間が経ってしまって結局2007年になってしまったわけですが…。この前録音した時(track2、2007)は僕も立ち会いましたが、ワンテイクおきに長めに休憩しながら録ってましたよね。10年前の時もそうだったんですか? S:できるだけ時間を空けたほうがコンセプト的に良いと思っているので、休憩を長めに取りましたよ。 Y:前回も今回も同じくらいの間隔でしたよね。 ― アミさんの演奏のオーバーダビングの回数はどれくらいだったんですか? S:両方とも6テイクずつだね。 ― 作品のインストラクションにある「再現ごとに発生する差違による細かな変化」っていうのはだいたい6テイクくらいが適切だと予め考えていたのか、それともコンセプト的にはもっとたくさんテイクを重ねた方が良かったとか、もしくはオーディオになる配慮というか前提があって6回にしておいたとか、そのあたりはどうだったんでしょうか? S:最初から回数を決めていたわけじゃなく、構成をイメージしてもらってから即興演奏してもらったわけで、1、2、3回目くらいの演奏まではイメージが固まってないから、かなりばらつきが多いと思うんだけど、4、5、6回となってくると慣れがでてくるんだよね。普通の歌ものの音楽をやるみたいに構成が固まってきちゃうから、6回くらいが適切だったと。 Y:10回以上やると完全に覚えちゃって作曲っぽくなっちゃって、それだと佐藤さんのコンセプトから離れたものになっちゃうだろうし。 ― じゃあやってみて6テイクくらいがその「差異と変化」が明示されるに相応しい回数だったということですかね。 S:この場合の即興演奏って、最初にイメージしたものを構造化して組み立てていくわけだけど、それで出来上がってくるテクニカルな慣れみたいなものが発生しない方が良かったわけ。 Y:あと私の声(喉)もそれくらいが限界だったから、あれ以上はそれこそ何日か空けないと無理でしたね。1日にパフォーマンスできる限界に挑戦したのは10年前も同じですね。 S:重ねたテイクは両方とも同じだけど、97年は全体の分数を指定していて、2007年の方は時間を指定しなかったっていうのが大きな違いだね。 ― 分数があらかじめ決められていたっていうこともあってか、10年前のバージョンを聴くとアミさんの演奏は時間によって音が順に鳴らされていくような方法をとってたと思うんですが、2007年に録音した時は時間も各々バラバラで、演奏方法も全く違いましたよね。僕はその時この作品を97年バージョンのイメージというか、時間軸で音が配置されていくその構成と不構成によって「再現可能な」「差異と変化」をみる作品だと思い込んでいたんですよ。だから2007年の時に、アミさんが2回目のテイクを録音し始めた時に、1回目と発音するタイミングも全体の時間も全く違っていたから、え?何コレ?1回目と全然違うじゃん!って思ってて。だから合間の休憩の時に質問してましたよね。どういう考えでやってるんですか?って。 Y:どういうつもりですかくらいな(笑)。 ― 97年当時のアミさんの音色と発音の時間構成の仕方が、そのまま2007年現在の音色と時間構成にかわったバージョンが録音されるっていうイメージでいたんです。だから思っていたものと全然違ったというか、これはなんだろう?って思って。あの時に話してもらったことをもう一回説明してもらってもいいですか? Y:喉の使い方で構成してたんだよね。喉の右側から左側に、送り出す空気の位置をコントロールしながら少しずつ移動させていったんです。 ― 感覚的に僕には分からないんですが、演奏の時はいつも喉に手を当てて発声してますよね。あれはそういう喉を通る空気をコントロールしているってことですか? Y:そうだねー。97年の時はまだそこまで出来なくて、今はもっと選択肢が広がっていろいろコントロール出来るようになったから。 ― でも、そのたくさんの選択肢の中から音色のパターンを聴かせていくようは方法ではなくて、逆に音色は限定して、その中でノドの使い方それ自体を構成として佐藤さんの作品にあてはめたっていうことですよね。このコンポジションの広がりをみたというか。それからはちゃんと納得できるようになりましたね。 S:広げてくれたのはアミちゃんだね。 ― アミさんのハウリングボイスの変遷についても聞きたいんですが、当時から少しずつ変化して現在のスタイルになったのか、もしくは明確に何かきっかけがあって変わったんでしょうか? Y:tamaruさんと制作した1st.アルバムが発売されてからかな。CDが完成して初めてそれを客観的に聴いたことによって、自分の声の要素を認識して選びとることができたんですよ。方法論はその時点からほぼ出来上がってましたね。 ― その時に取捨選択した要素を研磨というか深化させて現在に到る、ということですかね。 Y:当時は演奏する場所ってライブハウスしか無いような状況だったから、所謂ボイスパフォーマンスっぽく振る舞わないとお客さんが混乱っていうかコレ何?みたいになっちゃってて。キゴマだと自分のやりたいようにやれたし、それを佐藤さんやtamaruさんに褒めてもらうことによって自分でも間違ってなかったって思えたし、その方向を押し進められましたね。 S:だから当時は僕らもギャラリーでしかパフォーマンスはやれなかったよね。あとはアップリンクがあるくらいかな。 Y:アップリンクはタケ(中里丈人。Dub Sonic、タケ・ロドリゲス、波動砲などの名義で活動し、レーベルSonic Plate、Far East Experimental Sounds通称F.E.E.Sを運営)が居たから私も企画とかやらせてもらえたんですよ。 ― もちろんアップリンクもそうですけど、僕は経堂のギャラリー伝(2001年閉廊)にもよく行ってました。 S:あそこはロルフ・ユリウスの展示やったり昔から面白いことしてたよね。 ― 佐藤さんのプロジェクトの変遷についても聞きたいんですが、元々この作品は「SASW」名義のものですよね。それとは別の「m/s」名義は展示の時に多いですが、それらの違いについて教えてもらってもいいですか? S:いま言ってくれたように「m/s」名義は展示のインスタレーション等でコンセプトから創りあげていくのに対して、「SASW」は『定在波の探査 (Searching A Stationary Wave)』っていうのが基にあるんだけど、聴覚芸術のための名義として使ってます。 ― たしかに「SASW」は非常に音楽的な作品が多いですよね。このCDもそうですが、最近は「Minoru Sato (m/s, SASW)」の名義で表記することが多いですよね。それはどうしてですか? S:いやー、名義がいろいろあって混同されることも多いし全部入れちゃえって(笑)。まぁそれはともかく、「m/s」って速度記号でもあるんだけど、論理的な方向付けから作品を作っていて、特別「音」を意識している訳ではないんですよ。光とかの作品もあるし。でも最近は、音楽として聞いてもらっても嬉しいな、という気持ちも大きくあって。どちらの意味でも自分の作品だよ、と言う意味でそうしてます。 ― 佐藤さんはミキシングも担当したわけですが、今回録音したものはトラックごとに時間がずれていたりと、前回とはミキシングの方法が違ったと思うんですけど、その辺はどういう風にまとめたんですか? S:前回は時間が決まっていたからそのまま頭だけ合わせてミックスしていて、今回のは中心合わせにしたんだよね。アミちゃんが話してたように、音の出る仕組みを変化させるやり方でコンポジションしてくれたわけでしょ。だから喉の使い方がちょうど真ん中に来ているポイントで合わせるように構成して。 Y:あ、それすごい正しいかも!イラストレーターの(オブジェクトの整頓の)左寄せが真ん中寄せになったみたいな感じですよね。 ― 時間軸でコンポジションしてるわけじゃなくて、発声方法の仕組みでコンポジションしてるわけだから、その構成の中心で合わせたと。 S:パンニングでは、97年のものは録音テイク順に右左右左ってそのまま並べていってたんだけど、2007年のは、時間がバラバラで最初と最後の無音部分のノイズの問題もあったから、一番長いのと短かったものを真ん中に置いて、あとは右左順に振っていくかたちでミックスしました。 Y:私初めて知った(笑)。 ― じつはこの佐藤さんとアミさんの作品は、もう一つ別のバージョンがあったんですよね?それはどういうものだったんですか? S:440Hzの音程を固定させて、10分の中でタイミングはアミちゃん任せで自由に発声してもらったものを何回も重ねていくっていうことをやってもらったんだよね。 Y:あー、やりましたよね。それは当時ライブでもやったような気が。(1997年8月17日「WrK presents "SASW:" ヴォイス・パフォーマーのための2つの作曲」@Gallery KIGOMAのこと) S:同じ音程の声の反響が響きあってテープ音楽みたいになったんだけど、でもアミちゃんの声の特徴っていうことではそういう風に扱っちゃいけなかったんだよね。音程っていうことよりももっと物質的なものとして扱わなくちゃって。その点では今回の作品の方はアミちゃんの特徴を捉えてるかな。 ― 佐藤さんのアルバムのレコ発(2007年7月14日「『NRF Amplification』発売記念ライブ "instrumentalize at gift lab"」)の時に今回作品のリアライズとしてのライブもありましたけど、あの時アミさんはかなり苦しそうでしたね。 Y:あれキツかったね〜!自分の声が一緒に鳴らされている中で演奏してたから音の位相がすごい変でやってて大変でしたよ。スピーカーの自分の音も強烈だったから自分も必死で。死ぬ気でやったからほんと苦しかった。あの音って一番過酷なやり方で出してるんだよ! S:俺はけっこう過酷な事を強いてたわけね。ライブでやる時は実際の生声の音量とスピーカーから鳴らされる声の音量を同じにしないといけなかったから、全部合わせると物凄い強烈な音になったよね。ちなみにミックスの時の各テイクの音量比は全部録音の時のそのままのバランスを使ってるから、各テイクの最後の方はやっぱり音がかすれたり小さくなったりしてるんだよね。 ― それこそパフォーマンス作品としての「変化が明示」されてる状態なわけですよね。作品のコンセプトにある通り。 S:アミちゃんのパフォーマンスって、所謂即興演奏とは違って、身体を使ってやるのに音を物質的に扱うっていうのが面白いし、そうなると作法みたいな音の扱い方ができるわけで、そういう要素はコンポジション的に面白いよね。もし他の所謂ボイスパフォーマー的な人がやったとしたら変化をつけたりテクニックをみせたりと音楽的な方向になっちゃうだろうしね。 ― じゃあ、まさにアミさんのための作品だったんですね。 Y:タイトルは「ボイスパフォーマーのための」ってなってますけど(笑)。 S:いや、これはアミちゃんのための作品なんです。
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