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元宮監督 インタビュー 【1】

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にかスープこと二階堂和美、さやソースことテニスコーツさやによるデュオ、ご存じにかスープ&さやソース。彼女たちの「その時・その場所」を素材に編み上 げられたドキュメンタリー作品、『HARMONIES』がリリースされて、早一年。作中では、徹底してカメラアイとして身をひそめていた(でも時々、レンズを拭い たり、声の出演をしたり)、監督・元宮省吾。にかさやの活動に帯同するなかで、また『HARMONIES』の長い時間をかけて行われた編集作業のなかで、元宮監督 は何を思い、何を考えたのか。リリース一周年を記念して、存分にお話をうかがいました。 時に饒舌に、時にとりとめなく語られるその内容は、「音楽と映像」のあいだで、「物語と記録」のあいだで、「一回性と普遍」のあいだで、終わりの見えない 格闘を重ねた監督ならではの、深くて濃いぃものになりました。そしてまた、元宮監督が見つめた「その時・その場所」をとおして、にかさや二人が過ごした 『HARMONIES』の季節が、活き活きと、可笑しみにあふれてよみがえるかのような。ゆっくり、じっくりとお読みください!

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あらためての質問なのですが、最初はにかさやの花やしきのレコ発をDVDにしようという企画だったのが、どうしてドキュメンタリー映画という形でのリリースになったのでしょう。


<元宮>

最初に話が合ったのは2005年の秋頃、なんともう3年以上前ですか、さやさんから突然電話がありまして。
「今にかちゃんて人と一緒にユニットやってるんだけど、今度浅草の花やしきを借り切ってライブをやることになったので、それを撮影してくれない?」という話をされました。DVDにして発表したいから、と。で、いいよ、と。


・・・少しさやさんと自分との関係についても話しておきましょうか。そのほうがきっといいですね。
ぼくは大学時代ある音楽サークルに入りまして、そこでさやさんとテニスコーツの植野さんに先輩後輩として出会ったんです。二人は今でも大分奇妙な感じですけど、当時は今よりゴツゴツしてた分もっと奇妙で、完全に他の人たちから浮いていましたが、ぼくも似た感じだったんで妙に波長があって。一時は一緒にバンドをやったりもしましたね。
二人はぼくより少し年上なので、深さにおいても広さにおいても音楽をぼくより良く知っていて、以後数年間に渡って様々な薫陶を受けたわけです。
でも、そうして二人と一緒に音楽浸りの学生生活を送りつつ、一方で映画も子供の頃から好きだったので、映像の方面に進みたいという漠然とした希望も持っていました。なので大学を出た後は音楽はきっぱり辞めて、映像ディレクターという肩書きを身につけることになったわけです。映像ディレクターってわかりますかね、広告やらPVやらパッケージ物やら、色々な映像を作ってメシの種にするという、非常に心細い稼業です。


そんなわけで、さやさんという人はぼくにとっては大学の先輩であり、友人であり、人生においても大きな影響があった人でもありますから、撮影を頼まれてすぐにOKしました。
にかちゃんとは、ライブの前日リハのときに初めて会いました。柔らかい印象のお嬢さんという感じでしたが、さやさんとがっぷり対等に組めるという時点でタダ者じゃないはずなんで気をつけなくちゃと思いました。ボーカリストとしての力量のほどはその時点で知っていましたし。


で、ライブは無事撮影できたんですが、そこから少し紆余曲折が始まったんです。
ライブ自体は面白くて、ぼくはそこで撮影した素材を持ち帰って編集したんですが、その段階で仮編集バージョンを作って二人に見せてみたらあんまり反応が芳しくなかったんですね。どこがどう気に入らなかったのかは本人じゃないからよくわかりませんが、自分たちのイメージしていたものと映像に映っている現実のステージングの間にかなりのギャップを感じたみたいでした。とにかく二人一致で、これは表に出したくないなあ、ということになったんです。
ぼくはというと、あ、そーすか、という感じでした。別に拗ねたわけじゃなく、二人がそう言うならしょうがないね、という感じだったんです。せっかく撮って編集したんだから発表しようよ、というような気持ちはあんまり無かったと思います。もしぼくがそれを強く主張していたら二人も受け入れてくれたかもしれませんが、ぼくはそうしませんでした。


というのも、告白してしまいますと実はぼく、音楽のライブ映像ってそれほど好きじゃないのです。
やっている人には悪いんですが、どうやっても記録以上のものにはなり得ない気がします。視覚的にも聴覚的にも情報としては一応満たされるけど、実際にライブを体験するときのあの興奮だけがすっぽり抜けている、というものにしか不幸にしてならない気がするんです。
思うに、多分ライブって、多くの人とリアルタイムに生起する音楽を共有することにこそミソがあると思うんですけど、その肝心のところだけが映像ではどうやっても再現できない。既に起きてしまったことを基本一人で見るわけです。だからつまらないと感じてしまうんじゃないかなと。じゃあ生中継を大勢の人と一緒に見たらどうなのか。それなら実際かなり面白くなると思います。でも、なかなかそういうことは出来ない。そもそもこれだけ映像メディアが発達した時代にライブっていう形態が生き延びていること自体がそういうぼくの考えを裏付けている気もします。
花やしきのライブにしても、撮ってみて繋いでみて正直やっぱり同じようなことを感じました。現場で感じた面白さの半分も映ってないなって。でもそれは殆ど宿命なので、しょうがないなというふうに諦めてましたね。


そんなふうな考えを元々持っていたものですから、二人にこれは作品化したくないと言われても、あ、そーすか、としか思わなかったわけです。
で、ぼくとしてはそこで話は終わると思っていたんですが、実はそこからが始まりだったんですよね。面白いもので。
二人のほうから、折角だからにかさやと映像で何かやろうと言う話をしてきたんです。まあ、すごく軽い気持ちだったとは思うんですけど。本当に折角映像をやっている元宮という人間を巻き込んだんだから、何かやれないものか、というぐらいの。でもじゃあ、何をやるのか、ということに関しては二人とも別にイメージを持っていなくて。あははは。
ぼくのほうも面白そうだなとは思いましたが、じゃあ何をやるかということに関しては別にネタがあるわけじゃなかったんです。それで三人でああでもないこうでもないと話し合いを始めたんですが、そのうちにかちゃんが「あたしたちのドキュメントを撮れば」って言い出したんです。
それを聞いて最初ぼくは「面白いことを言う人だなー」と思いました。だって普通ドキュメントって、撮る方が撮られる方に持ちかけて、往々にして嫌がられるところを何とか説き伏せるなどして撮らせてもらうものです。自分から「撮れば」っていうのは結構珍しい。でも別に、自己顕示欲から言っているというわけではなくて、にかちゃんの中にはさやさんと二人で家とかで気ままにセッションしたりしているときに自分たちのユニットの面白さが一番出ているのに、ライブのように構えた場所だとそれが出しにくい、だから映像にその様子を収めて貰うことには意味がある、というような気持ちがあったんじゃないかと思います。


で、その提案をされたとき、なんかぼくの中でぴんと来るものがあったんです。
それは花やしきのライブの前日、雨の中で行われたリハーサルでの中の出来事なんですけど、ぼくはその日もカメラを持って駆けつけていて。一応リハの様子なども撮っておいたら使えるかもしれないしぐらいの気持ちだったんですけど、いざいってみたら、3月初旬の屋外ステージなんでひどく寒いし、折から雨まで降ってきちゃって、おまけに肝心のにかさやチームは車が混んでるとかで40分ぐらい遅刻して来るという体たらくで、内心「来なきゃ良かった」と思ってたんです。
が、いざリハーサルが始まるとそこで個人的に何か非常に可能性を感じるような場面に立ち会うことになったんです。
ふたりがアルバムにも収録されている「けむりが目にしみる」を軽く合わせるという感じで歌い出したと思ったら、何を思ったか歌いながらステージから降りて、雨も気にせず客席のベンチの上を気ままに歩き始めたんです。ぼくはそれをステージ側から撮影していたんですが、咄嗟にとても良い映像が撮れるぞと思って凄く集中したのを覚えています。二人はホントに何も考えずふらふらと歩きながら歌を歌っていただけなんですが、雨が降る中を歌いながら歩くその姿はまるでミュージカルみたいで、ひとつの完成した「シーン」にぼくには見えました。それを追う自分のカメラも上手く動くことが出来て、ほんの1分程度の出来事でしたが、何か非常に充実したものが撮れたという実感があったんですね。結果的にそのシーンは「HARMONIES」の中で重要なシーンになったんですが、そのシーンを撮れたことで何か漠然とした可能性を感じたんです。上手く言えませんが、何というか、こうやればいいんじゃないの?
というような。何をこうやるのか、こうやるってどうやることなのか、そのときは全くわかってないんですが、こうやれば何かが出来る、という漠然とした予感みたいなものをはっきりと持ったのは確かだったんです。


そんなものを持ちつつも、リハーサルが終わってライブを撮影してと段取りが流れていくわけですから、なんとなくそのままになっていたんですが、にかちゃんに「あたしたちを撮れば」と言われたときに、何をこうやるのか、漠然と感じていたものが一つのはっきりしたイメージを結んだ気がしたのです。
ま、言ってみれば追うべきテーマとそれに迫るための方法的なことが何となくわかった、という程度のことなんですが。
だから「二人を撮るなら自分には考えがある」と自分から話しをして、テーマというか二人を通して自分が見つけるべきものと、それを捕まえるための方法論について少し説明した気がします。
といっても、それは本当に言葉にするのは難しいものなので、かなり説明不足だったろうなとは思いますが。ただ「HARMONIES」というタイトルがその時点で自然に浮かんで来て、自分はなんだか分からないが「ハーモニー」を撮るのだというワケのわからない思いこみたいなものだけがあったので、それをそのまま二人に対しても宣言したような気がします。
二人としては多分ちょっと不安に感じたと思いますね。なにか大げさなことをやろうとしているように聞こえたはずですから。でも、二人が不安になっているのは何となく感じつつも、そこは有耶無耶にしつつ撮影に雪崩れ込んでいきました。
今思うと我ながら我田引水というか、ちょっと強引だったかもと思いますが。信じてくれたのか諦めたのかわからないですけど、とにかく委ねてくれた二人には感謝しております。







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元宮監督 インタビュー 【2】

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2:
この作品は、「元宮監督からみたにかさや」の物語ですが、ずばり、元宮さんはにかさやをどういうひとたちである、と思いながら作っていましたか?
この質問は3にも関係しています。


<元宮>

どういう人たち。うーん、どういう人たちなんでしょうね・・・。
ぼくは多分それを言葉で考えたことは一回もないんです。身も蓋も無いような言い方になりますが、つまり、ぼくは映像を使って彼女らの肖像そのものを切り取れば良いわけですから、それを言葉で再定義する必要はないように感じます。ぼくが切り取ったものひとつひとつは断片に過ぎませんが、それが重なり合って描きだしているのがつまりぼくから見た二人で、いうなれば「HARMONIES」に映っている感じの人たちでした。
音楽に関しては最初聞いたときに、クリアで可愛らしい部分と、すごくガレージっぽいというか、パンクっぽい荒々しい部分の混交が印象的でした。すごく音楽的に豊かだなとも。それは二人のそれぞれの活動にも言えることですけど。あとメレディス・モンクとかも少し思い起こしましたかね。だけどにかさやのほうがナチュラルでずっと良いと思ってます。



3:
前にお話した際に「一編の物語を編むように細部を積み重ねた」というようなことを仰っていたかと思うのですが、その編集作業がどんなものだったか、その過程を教えてください。


<元宮>

そんな美しい言い回しをしていましたか。そうですか。


えーと、つまりある程度の長さを持った映像を作るとなると、やはり構成が大事だと思うんです。ストーリーといっても筋といっても良いんですが。
そういうものを敢えて設定しないで感覚だけで撮って繋ぐタイプの映像というのもありますが、ぼく自身はそういうものはあんまり好きじゃなくて。構成を作っておくと逆に余裕というか自由が生まれるんですよね。作る方には勿論、見る方にも。感覚だけで作られてしまうと、作り手のチャンネルに見る方が合わしていかないといけなくなって、なんか疲れるんですよね。短いものは良いんですが、長くなってくると次第に、何で俺がお前に合わせないといけないんだ、という根元的な問いが浮かんでくるのを禁じ得ない。


が、「HARMONIES」の場合は、撮影前に構成を何も決めないまま撮り始めてしまったんですね。それは、それが許されたからってことに尽きるんですが。普通仕事で作る場合にはそういうことは許されません。単純に段取りの問題として「こういうものを作ろうと思っている」と一緒に作る人に説明する必要が是非ともあるので、対象についてしっかり下調べして、言葉でもって構成を書いて、それに則って撮影・編集していくというのが普通です。ドキュメンタリーでもフィクションでも密度が違うだけで、何らかの設計図を作ってそれに沿って作っていくというプロセスにはあまり変わりがないと思います。
でも「HARMONIES」ではそれをしないで済んだ。済んだ、と肯定的に言うのは、できればそういうことをしないで、いきなり作り始めたいという欲望が前からあったからです。さっき構成が大事とか、それがあると自由が生まれるとか言っておきながら矛盾しているようですが、最終的にはなんらかの構成を持つようにするんですよ。だけど少なくとも最初にそれを決めることはしない。作りながら決めていく。つまり、準備を放棄することで余裕を自ら手放してぎりぎりな感じで作っていく、というようなことに憧れていた部分もあって。
いわゆる即興撮影っていうと映画の世界では今さらって感じの言葉ですけど、自分が音楽を囓っていたときに感じた、あの瞬間瞬間選択を迫られ続けるような緊張感のなかでこの作品は撮るべきだっていうのが何となく頭にあったです。音楽の映画だから音楽のように撮るのだ、と。
ただ、さっき言いましたけど、漠然とした方法意識は持っていたので、それは外さないようにと肝に明じながら撮影していました。
だから撮影は本当に緊張感がありましたよ。一人でやっているから誰にも伝わらないのが切ないですけど、本当に余裕がなくてですね。基本ドキュメンタリーなんで、目の前で起きることを撮るしかないわけですが、構成を作っておくとですね、現場に行く以前に色々シミュレーションしておくものですからある程度対応もできるわけですが、そういうプロセスを踏んでないんだからもうてんやわんやですよ。しかも撮影は自分一人、カメラは一台ということも意識して決めていたんで、自分が撮りこぼすとだれもフォローしてくれない。辛かったです。二人がまた何をし始めるかわかんないところがある人たちなので。
さらに自分で自分に課したルールみたいなものがあるので、これがまた実際やるとハードル高くてですね。まあ、撮影の段階では8割方失敗したんじゃないでしょうか。あははは。カットしたからバレてないんです。わははは。


まあ、そうして失敗しつつも、いくつかの成功したシーンが撮れたわけです。で、これをじゃあ繋ぎましょう、ということになって愕然としたんです。つまり撮影の時点で構成を考えていないので、繋ぐっていったって何を根拠に繋げばいいのか。構成という形で示された完成予想図が無いのに、材料だけやたら集めてさあ家を建てろって言ったってですね。そんなもん、まともな家なんか建ちませんよ。当たり前ですよね。わかってたんですが実際に膨大な素材を前にしたら事の重大さがリアルに感じられて焦ってるんだからバカですよね。


それと、構成のあるなしとは別に、この作品における特殊事情というのもあって。つまり二人はユニットですから、常に一緒に活動しているわけではない。ときどきお互いの時間が空いたときに会って、その時点でできることをやるって感じの、いわゆるバンドとかに比べたら淡泊な関係です。しかもにかさやの場合、ユニットとしてのピークは多分あの「イピヤー」っていうアルバムを作っているときに既に来てしまっていたんだと思うんですよね。あの後の活動というのは、だからどこか目標を失って、ふわふわしていた感じでした。それでも撮影を始めた時期にちょうど外の方から「ほうほう堂」というダンスユニットさんとコラボするという企画が浮上してきたので、それに取り組むことでもう一度明確な目標を持ったという流れがあったように思います。
で、撮影も一応そのコラボ企画を実現するための活動を追うことから始めたんですが、やっぱりどうしても活動が不連続になりがちというか、ぶつ切りになってしまうんですよね。
だから素材となる映像はたくさん撮れはするんですが、今ひとつそこに明確な文脈が見えてこないというか。そういう難しさもありました。


もちろん自分も一応職業人として場数は踏んでいますから、このままじゃ難しいことになるぞって、撮影しながら充分すぎるほど感じてはいたんですが、いざ編集に入ってみたら予想以上に難しいことだったというか、本当にジミー大西みたいに頭を掻きむしりたくなるほど困り果てました。


そこからご質問の「細部を積み重ねる」っていう作業がですね、始まったわけです。前振り長くて申し訳ないです。
細部を積み重ねるっていうのは、要するに、現実の出来事というのは連続性を持っていますよね。因果、というようなことですが、だけど撮影というのは連続した出来事をいつまでもとり続けるわけには行きませんから、それって永遠に終わらないので、ある時点で回し始めて、ある時点で止める、ということを選択しないといけないわけです。で、そうすると当然本来あった連続性というのが見えなくなって、それぞれに関係が、あるんだろうけどはっきりとはそれが見えない、というような場面のストックがやたらと集まるということになってくるんです。構成を事前に決めておくというのはこの混乱を避けるための方策であるわけです。
またテレビとかだと、構成を決めて作った上で、最終的にその不可視の連続性をナレーションで堂々と説明しちゃう。「そして次の日…」みたいな感じで。見えないんだから説明すればいいじゃん、というワケで、安易といえば安易な方法で繋ぎ直しちゃうわけです。しかしぼくはそれはやりたくなかった。その方法自体は否定しないけど、今回はそうじゃないやり方でやるべきだというふうに思いこんでいて。
だけど、一見バラバラのこのシーンの集積をでは、どうやって繋ぎ直すのか。時系列に繋げばいいというもんでもない。となると、これはもう、それぞれに新たな関係性を見つけて再構成していくしかないわけです。これがやってみるとすごく難しかった。AとBの間に何らかの関係性を感じてくっつけてみる。すると確かに繋がるんです。でもそこにCを付け加えた途端、崩れてしまったりするんですよね。面白かったけどとても難しかった。


その作業を始めてから、ひとつの指針になるものが欲しいと思ってやったのがあのインタビューです。あのインタビューは何か聞き出したいことがあってやったというものじゃないんですよ。ただ単に言葉を貰いたいと思って。言葉はどんなものであれ文脈を構成するじゃないですか。だからその色々な言葉を貰うことで、それぞれは一見無関係なシーンとシーンをある種の文脈で繋げる接着剤の役目を果たしてくれるんじゃないかと。そういう淡い希望を抱いてやりました。
でインタビューをしてみたら、予想通り色々な言葉が貰えたので、まずはそのたくさんの言葉同士をばらしたり繋げたりして、それらがある文脈を、一本の作品をまとめるのにふさわしい構成を獲得するまで何度もトライアンドエラーしながら二ヶ月くらいそればっかりやってましたかね。で、なんとなく、構成が見えてきたんですよ。
そこからまた膨大なシーンのストックに戻っていき、インタビューの言葉が形取った構成をベースにシーンを繋ぎ合わせる作業をやりました。多分半年くらいかかったと思います。まあ、ずっとそればっかりやってられる状況にもなかったので断続的にですが。


でも考えてみれば、インタビューがあってその合間に色んなシーンが挟まっていて、という構造は全然珍しくない、というか極めてノーマルなドキュメンタリーの作りなんです。ただ、ちょっと違うのは、さっき言ったように通常は最初から作り手が考えた構成があって、それに則ってインタビューも行われるし、他のシーンの撮影も行われるわけで、ドキュメントといってもかなり予定調和的になりがちです。そこにさらにナレーションが加わって色々説明しちゃうと、すごく分かりやすくはなりますが、すべてがすっきり収まってしまって、現実が持っている複雑さのようなものが失われて嘘っぽくなるような気がするんです。
だから今回の場合は、素材を集める時点では自分の意図のようなものをできるだけ排除して、インタビューもとりあえず色んなことを聞いてみて、そうしてたまたま集まった現実の断片から時系列とは違う別の関係性を見いだして、それがやがて一個のフォルムを形作るような、ちょうど即興によって生み出された音の断片がいつの間にか噛み合って一つの大きな曲になるような流れを作って行こうと意図してやったわけです。
それが成功したか失敗したかは自分ではよく分からないんですが、流れとしてはそういう感じでした。伝わったでしょうか??


付け加えると、そうして編集した後に二人に見せたら、やはり色々な反応があったんです。ぼくが捉えた二人の肖像と二人自身の自意識というものの間には当然ズレがありますから、あそこはカットしたいとかインタビューは取り直したいとか、色々な要望がやっぱりありました。それは別にわがまま言っているとはぼくも感じなかったです。当然だよねと。
でもぼくは理解はできつつも申し訳ないけど応えることはできなかったです。つまり一個一個のシーンや言葉がかろうじて繋がってひとつの全体像を結んでいるわけですから、どれかを抜いたり、撮り直したりしたら壊れてしまうという恐怖がぼくにはあったんです。なので、最後の最後は言葉を尽くして説明して押し通させてもらいました。それはもう、これで二人から嫌われてもしょうがないという気持ちで。まあでも別に嫌われはしなくて、最後は委ねてもらえので良かったです。


できれば、そういった明確な意図で配置された細部の例をいくつか具体的に教えて頂けたら、すでに視聴済みの方ももう一度作品を楽しめるのではないかなーと思います。Harmonies再発見、みたいな感じです。


<元宮>

一例としては、例えば明日館でのライブで「今日を問う」を歌っているにかちゃんが撮れますよね。で、全く別の時に山口のカルスト台地の草ぼうぼうの丘を登っていくにかちゃんが撮れます。あれはほうほう堂とのコラボ作業の大詰めのときで、公演の舞台となる山口の国際芸術村に籠もっていたときに息抜きで行った場所でああいうことがあったんですが、この二つの出来事の間には直接的な関係性はまあないわけです。
一方でインタビューをするなかで、にかちゃんの中にある強いプライドのようなものを感じさせる幾つかの言葉が出てくる。
そこでこの言葉の後に、「今日を問う」のライブシーンを置いて、さらにその後に、丘を上っていくにかちゃんを繋げてみると、一連の流れからにかちゃんという人の独立性というか、秘めた強さとそれを裏打ちする力、みたいなものが見えてくる気がするという具合です。

この強さは、まさに強いがゆえに、さやさんというもう一つの強さと少し衝突したりもするように見えるんですが、それが調和すると雨の中の「煙が目にしみる」の場面のようなシンプルだけど完成されたひとつの音楽になりうる、でそれはやっぱり人を感動させてしまって、みんな拍手してしまう、みたいな感じでしょうか。こんなこと説明していいんだろうか。





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元宮監督 インタビュー 【3】

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4:
植野さんやさやさんの昔話や撮影裏話は、トークショーの時にいくつか出てましたが、改めて文字にして読まれるべきかなーとも思います。(これは希望です)


<元宮>

この作品を作ることになった具体的なきっかけは上で説明した通りなんですが、作品のモチーフみたいなものは実は遙か昔に自分のなかで生まれていたんです。
今から15年位前になりますが、当時大学生だったぼくは毎日のようにさやさんと植野さんと会って音楽を聴いたりやったりしてました。
ある日、当時のさやさんと植野さんの部屋に遊びにいったら、なんとなく二人がアコースティックギターを持ち出してセッションを始めたんです。そんなの当時は見慣れた日常の風景なんですけど、そのときは何か映像的にすごく良かったんですよね。
二人はギターを抱えたまま差し向かいに床に胡座かいていて、将棋を差し合うくらいのすごい近い距離感で演奏していて、その二人の奥に窓があって、二人の姿が少し逆光気味にシルエットっぽく浮かび上がって…。映像的にっていいましたが、別にそのときは撮影していたわけじゃないんですよ。ただそんな光景を少し離れて見てただけなんですが、非常に感銘を受けたんです。大げさじゃなく、自分がかつて見た音楽に関するどんな映像よりも、音楽的な映像だと感じたんですね。すごく胸に焼き付いてしまって、自分はいつかこういうシーンが出てくる映画を作りたいなあ、と漠然と思った気がします。
でも、じゃあその場面を自分の意思で再現できるかというと全然やり方がわからなくて。そもそもその場面を構成している何がそんなに自分の琴線に触れたのか、自分でよくわからないんです。構図が良かったとか、光の差し込み具合が良かったとか、演奏も良かったとか色々ありますが、要するに完成した全体像がいいわけですから、意図的に再現しようと思ってもなかなかできない。やっぱりたまたま居合わせたときに撮ることでしか捕まえられない光景ってもんがあると思うんですよね。残念ながら自分はそのときそういう光景に出会ったのに撮ることができなかったわけで、それはもう取り返しがつかない。そのときカメラを持っていなかったことが映像をやる人間としては痛恨のミスなわけです。
それで結局手も足も出なくてそのままになって、自分のなかでも少しづつ記憶が薄らいでいたんです。


でもさっき言った、花やしきライブのリハーサルで雨の中を歌い歩くにかさやを撮影したとき。撮れた映像を見返してると、なんとなくかつて見た光景が甦ってくる感じがしたんです。全然違う映像なんですけど、何故か同じものに感じられたんですよね。しかも何よりぼくが興奮したのは、今度は撮れた、ということです。そして独りよがりかもしれませんが、そういう光景に出くわしたときにどう撮ればよいのかも同時に掴んだ、という手応え。
「HARMONIES」を撮っている間はいつもそのことが頭にあって、要するにこの作品にとっての勝負は、ああいう場面に何度立ち会えるか、立ち会えたときにあのときと同じように撮れるかどうか、その二つに尽きると自分では思ってました。
だから、作品を見た人に伝わるかどうかは全くわかりませんが、少なくとも自分にとっては15年前に取り損ねた映像をあのときたまたま撮れたという事実から出発したのが「HARMONIES」なんですよね。


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オマケの裏話



裏話ですかあ。撮影してたのは二年前ぐらいの話なんで大分忘れましたが、ロスキルドのライブの話でもしましょうか。
あれって本当にすごいシーンだと我ながら思うんですけど。あれぐらい良いライブシーン撮れた人って世界に何人もいないだろうっていうぐらいの。ま、偶然なんすけど。あはは。
でもそもそもロスキルドにまでついていってるのが凄いと我ながら思うんですよ。ま、行かせてくれたオントンソンのおかげなんですけど。あはは。


行くことになった経緯を話すと、編集も大詰めになって来た頃、最後の最後まで持ち越してきた大きな問題に答えが出てないことに悩んでたんです。
それは「良いライブシーン」を撮るってことです。
これが頭痛くてですね。なんとなればさっきも言ったように自分ではこの世に「良いライブ映像」なるものは無い、ぐらいに思っているわけです。良くて「その場で見てたら良いライブだったんだろうなあ」が限界というか。映像だけで人を実際にライブを見ているように興奮させるようなライブシーンっていうのは不可能に近いと。
しかし、そうはいっても音楽家を対象にした映画を撮っていたらライブシーンはどうしても避けられなくなってきます。実際、撮影を進めていく中で何度かライブを撮影できる機会はありました。しかし、正直言っていずれも納得行く結果にはならなかったんです。
そもそもツアーに同行するっていう主旨の映画じゃないんで、ライブシーンが目玉ですってわけじゃないから良いか、と逃げる気も無くはなかったんですが、編集して出来たものを見るとどうも内向的過ぎるきらいもあるなって感じ始めてもいました。にかとさやがお互いに向き合っているのは良いが、二人が一つになって世界に向き合っている場面が無いなと。そしてそれは是非とも必要なんではないかという気がふつふつと湧いてきたんです。
そんなときににかさやにロスキルドのオファーが来たと聞いたんで、これが最後のチャンスだなと。ロスキルドはでかいフェスですし、しかも外国ですから企画的な面白さは充分なわけです。絵的には・・・行ってみないとわからない。しかし行ってみる価値はある。
そう思ってオントンソンの吉本さんに同行させてもらえるようお願いしました。その時点で色々心配をかけていたので、もう知らん、行くなら自腹で行け、と言われることを覚悟してたんですが、快諾していただいて。ほっとしました。
で、ついていけることにはなったんですが、それはそれで不安でしょうがないわけです。ライブって普通に撮るのだって簡単なわけじゃないんです。基本観客に向けてやるものであって撮影のためにやるわけじゃないからカメラを置く位置も限定されてくるし、撮り損ねたからもう一回お願いしますってわけにも行きません。しかも一人で1カメでというのも無謀で、自分が失敗したら誰もフォローしてくれない。デンマークくんだりまで行って、ロクなものが撮れませんでした、では済まないわけで本当にどきどきしながら行きました。
にかさやがライブをしたのはロスキルドの中の数ある会場の一つで「ラウンジ」と呼ばれているとこでした。下にきれいな砂が引いてあってベタ座りしてリラックスした雰囲気でライブが見られるんです。テント大きさもかなりのもので、人も結構入ってました。ちなみにこの年のロスキルドはフェスティバル史上最悪といわれる悪天候に見舞われ開催期間中はほぼずっと大雨が降ってて大変だったんです。にも関わらずすごく盛況で数万の人が毎日訪れて盛り上がってました。
会場とその盛り上がりを見てこういう環境でならいつもの日本よりきっとゴージャスな絵が撮れるな、とほっと胸をなで下ろしていたのですが。


そこで待っていたのがあのハプニングです。
最初に会場の電源が落ちた、と聞いたときには、普及するまで待つんだろう、まさか真っ暗なところでやりはしないだろうとタカを括っていたので気にしていなかったんですが、スケジュールの都合でやらざるを得ないとなって。マジですかって感じで頭抱えました。日本でだってこんなハプニングに遭遇したことがないのに、どうして、よりにもよって、今この時なんだ?って。
しかしにかさやは腹をくくってアンプラグドでやるという。じゃあ出来る限り撮ります、とこっちも応えるしかないですよね。
しかし会場にカメラをもちこんで色々調整したんですが、目一杯絞りを開けてもやっぱりほとんど真っ暗で。困り果てましたね。しかも、停電しちゃってるもんだから客の入りもいつもに比べれば少なくて。しかしやるしかない。
それから何が起きたかは映画を見て貰えればわかるので省略しますが、結果的にハプニングが奇跡みたいな瞬間を呼んたんですね。もちろんにかさやのパワーのなせるわざですが、そのおかげでぼくがライブ映像というものに感じていた限界を超えられるような映像を撮ることが出来たわけです。
良かった!電源を壊しておいて!


でも撮ってるときはやっぱり不安で。カメラのファインダー越しに見てる限りは殆ど真っ暗なんですもん。とりあえず映っていると信じて集中していましたが、本当に安心できたのは撮った素材を日本に持ち込んでちゃんとしたモニターでも確認してからです。一人で見てたんですがすごく興奮しました。なんか突き抜けた感じがありましたね。これで作品はできるぞと。人の評価はわからないけど、自分で胸張って出せるレベルには達したぞと。


それで興奮覚めやらぬ内ににかさやに報告のメールを書いたんです。「!」マークをいっぱい使って、どれだけ凄い物が撮れたかを熱っぽく説明しました。
しかし数日たっても返事が来ない。
おかしいなあ、と思って送信済みメールを確認したら、にかさやと全然関係ない、仕事でおつき合いしている業者さん宛にメール送ってたんです。いやー恥ずかしかったっす。とりあえずそのままにもしておけないので「先日変なメールが届いたかと思いますが、送り先を間違えてしまいました。すいません。」みたいなメールを送ったら、すぐに「了解しました。当方で責任を持って破棄させて頂きます。今後ともよろしくお願いします。」みたいな超事務的なメールが来て余計恥ずかしかったです。





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THE MEDIUM NECKS

  /聞き手:Asuna
祝・ao to ao リリース復活!というわけで、レーベルオーナーのasuna氏が、リリースした2組の音楽家に突撃インタビュー!の第二弾です。第一弾はひとつ前の記事となっております。併せてご覧くださいませ。
さてこちらは、「THE MEDIUM NECKS」こと、飛田左起代嬢と吉田苑子嬢のふたりへのインタビュー。完成したCDを聴きながら、おしゃべりしたという、3人の会話がほぼそのまま掲載されています。リラックスした雰囲気のなかから発言される全曲解説。CDを聴きながら読めば、またいっそうふたりのチャーミングさが浮き彫りになること請け合いですよ。それではどうぞ〜。

〜 2007年10月 the medium necks 吉田宅にて 〜
― まず二人の出会いは?的な会話からいきましょっか。
飛田左起代(以下T):ICCのカフェのバイト募集しててそこで。その時はICCがどういうところかも知らなくて、近所だったから。
吉田苑子(以下Y):(笑)。私もよく知らないままICCに…。
― それって何年ごろですか?
T:2004年?3かな?アレハンドラ達(Alejandra & Aeron。レーベルLucky Kitchenを運営)が来てた時の展示("Sounding Space"展)の前くらいからかな。
Y:そうだね。その時はもう居たね。
― じゃあ2003年ですね。あの展示のアレハンドラ達の作品に参加してたんですよね?
T:なんかダイアローグを読むみたいなのを苑ちゃんとやったよね。
Y:うん。
― あ、吉田さんも参加してたんだ。あの作品の日本語版ってすごい良かったですよね。音源になってないみたいだけど…。で、その時にアレハンドラとアーロンがうちに泊まりに来ていて、ICCのスタッフの子に作品に参加してもらって、その子はCDも出してるみたいだとか話してて。そこで出て来た名前とか聞いてるうちに、それってもしかしてこの人では?って『TRACE』(Sonic Plate/F.E.E.Sからのソロ名義でのデビューアルバム)とか『Japanes Girls』(MIDI Creativeからのコンピレーションアルバム)とかアレハンドラ達に見せたりしたら、そうそう、その子だよ!って。『TRACE』と『Japanes Girls』以降は活動とかしてないのかなってずっと思ってたから自分も結構驚いて。
T:意外に続けてた(笑)。
― そういえば『Japanese Girls』のイベントみたいなのあったじゃないですか(2000年2月13日 下北沢QUE "Japanese Girls 発売1周年記念ライブ")。あのライブの時のバンド編成が「ORG.」になったんですか?
T:ううん。あれはあの時だけで、ドラムの人も違うし、愛ちゃん(ORG. 的場愛)もいなかったし。飛田君(ORG./envy 飛田雅弘)はいたけど。でも「ORG.」ってライブの度にメンバー変わったりしてたから。
― ICCで二人が出会った頃って「ORG.」がまだ活動してる時ですよね?
Y:なんかレコーディングしてるって言ってたよね。
T:そうそう、その時に「ORG.」のアルバムのジャケットを苑ちゃんと一緒にコラージュとかして作って。なんかそれから一緒に洋服作ったりとか、イベントの照明っていうかデコレーションとか頼まれたりとか。それは結局実現しなかったんだけど。
― じゃあ最初は音楽っていうよりも、アートワークとかそういう創作活動を二人で重ねてるうちにミディネクになっていったんですか?
T:音楽としては「ORG.」がバンドとしてあって、一人のやつをずっとやってなかったし、またやりたいなって思い始めてて、それを苑ちゃんに言ったりしてたら、「そこに入っていい?」って言われて(笑)。
― 一人って言ってるのに(笑)。
Y:(笑)。
― で、そこから「THE MEDIUM NECKS」として活動を始めたと。1st.アルバムってそれからすぐにリリースしたんですか?
T:うん。録音自体は「ORG.」の頃からやってたからすぐにまとめられて。
― その頃に展示もやってましたよね?白いレースの生地とか張り巡らせたインスタレーションみたいな。
T:『CET04』(セントラルイースト東京2004)かな。あれは結構ミディネクの世界観を出せた気がする。
Y:そうだね。
― アルバム出してからライブとかはどれくらいやったりしてたんですか?
T:アペル(経堂 appel)とか、ブレッツ(六本木 Bullet's)とか、アップリンク(渋谷 Uplink)とか、あとロバロバ(経堂 Roba Roba cafe)とかで。
Y:結構たくさんやった気がしてたけどそれほどでもないね。



― 吉田さんの映像って最初のライブからやってたの?
Y:どうしてたっけな?最初ってアペルだよね。(2005年4月29日 経堂appel "pony tales vol.2")
― え、あの時が最初?じゃあ映像あった気がする。
Y:そんな気がする(笑)。
T:やってたよー(笑)。
― あの時って吉田さん演奏もしてたよね。鍵盤とか。
T:映像もしてたし演奏もしてたよね。
Y:してたような気がする…。
― あの映像って、自分で作った切り絵とかをコマ撮りみたいにちょっとづつ動かしながらデジカメで撮影したものを編集してるんだよね?
Y:うん。
― パソコンで映像作ってるけどローファイというかなんというか、変な作り方。みたいな。
T:(笑)。私もそれしか知らなくて。
― あと、映像じゃなくて、絵とお皿みたいな。鏡だっけ。なんかそういう時もありましたよね?
Y:(笑)。パソコンが壊れてた時で…。
― ライブ中、サキヨさんの後ろに置いてあって、あれ何だろうとか思ってたんだけど、アペルの展示かなーって。で、ライブが終わってから吉田さんに今日は映像なかったんだねって言ってたら、あの絵と鏡だったんだけど、って(笑)。
T:環境づくり、みたいな(笑)。


― そろそろ今回のCDの話とかもしましょうか。CD流しつつ。今回僕がミディネクの音源をミックスするのにあたって音源のファイルをパソコンに移してもらいましたけど、まず、パソコンで多重録音してたんだ、って結構驚いたんですけど。ずっと一発録りかと(笑)。
T:録音自体はMDだったりカセットだったりバラバラなんだけど、それを最終的にパソコンに入れて並べておいてあって。
― ファイルが分かれてて多重録音なんだけど、この音なんだろうっていう謎のファイルがたくさんあったり…。
T:(笑)。その時は必要だと思って録ってたと思うんだけど、全然覚えてなかったりとか。
― まぁ、でもその謎さ加減が良かったりして。だからミックスにあたっても元の録音は全部活かす方向でやったんですよ。
T:あ、1曲目終わっちゃった…。
Y:かけなおすね。


1.「my mane」
― これ曲名を僕勘違いしてたんですよね。メールとかで"my name"って書いたりしちゃってて。CDのジャケットを作ってる時にやっと"my mane"だったんだって。
T:それまでずっと"my name"って言ってたよね。
― 間違ってるって言ってくださいよ!
T:やー、なんか別にそれでもいいかなって…。
Y:なんていう意味?
T:たてがみ。馬のたてがみとか。これの歌詞は、ニヒリストのための墓標と、絆創膏のいらないイノセンス、みたいな…。
― あ、結構若い感じですね…。
T:若いっていうかシンプルな感じ。


2.「black seep」
― これって録音時期はいつ頃ですか?なんとなく『TRACE』の雰囲気を感じるんですけど。
T:そんなに昔じゃなくて2004年とか。KORGのボコーダーとか付いたがっつりしたシンセで録って。TKとかが使うやつ。
― (笑)。
Y:何?TKって?
― コムロテツヤ?
Y:あー。
T:TKあれライブで投げるんだよ。
Y:危なくない?
T:危ないっていうかもったいない。投げる用でシンセとか置いとくんだよ。
― TKの投げる用シンセで録った曲(笑)。
T:でもこれかなり細かく音色とか調節できて。これはほんとは歌をのせる曲のつもりで弾いたんだけど、でもこれにどうやって歌を…、みたいな感じになって。
― あー、最後のほう曲っぽくストップしたりしてたのはそういう…。
T:歌はボツになったけど、これで良かったと思う。謎曲…。


3.「colas」
― このタイトルってコーラの木のことだってこの前はじめて知って。僕最近コーラ飲むと動悸が激しくなるっていう話の流れで。
T:コーラの木の実に心臓に働きかける成分があるっていう。
Y:でもね、昔のコーラにはその本物が入ってたけど、今のは香りと色だけみたい。今のはカフェインと砂糖がすごい入ってるからじゃない?
― あ、そうなんだ…。最初にコラスって聞いた時は星の名前みたいに思ってて、曲も謎だし。
Y:惑星ステーションのコラス…。
T:うん、でもコーラの木とかも特に意味はなくて。
― このゴゴーって鳴ってる音ってどこかで録って来たものなんですか?
T:あ、これはちゃんとしたフィールドレコーディングじゃなくて、汽車が走ってる映画がテレビで流れてて、その時にカセット近づけて録音したもので(笑)。
Y:何の映画?
T:「スターダスト・メモリー」かな。シャーロット・ランブリングとかが若い時に出てるやつ…。でもただ汽車が走ってたから録ろうって思っただけで映画がどうっていうわけでは…。
― あ、この朗読のところは…。なにキャロル?や、キャロルなに?でしたっけ?
T:ルイス・キャロル。
― ってなんの人?
Y:『不思議の国のアリス』。
― あーあー。『アリス』ってシュヴァンクマイエルの映画のしか見た事ないけど。
T:それ怖い…。
― あ、このいま入って来たギターからの部分って最初は"gui"っていう曲名だったやつですよね。途中から入ってくる電子音ってサンプラーでやってるんですか?
T:や、さっきのシンセかな。結構ツマミで音を弾きながら変化させてて。
― TK(鍵盤)活躍してますね。
T:重いからライブには持って行けないんだけど…。


4.「not piano」
― スタジオに入って録ったというドラムとピアノが…。
T:両方とも別々の日に録ってて。
― それが偶然上手く重なったという。この謎の展開はサンプラーのループ?
T:ううん、あの緑色のエフェクター。なんだっけ…。あ、LINE 6!あれに凝ってた時に録ったやつをカセットにいれて、それをまたLINE 6を通してカセットのスピード変えたりとか。でも電池とか電源?なんかその辺が面倒で使うのやめちゃったけど…。
― 最初のドカスカやってるスタジオ録音と急なこの展開部分には何か関連性とかあるんですか?
T:録音してたテープが同じだったっていう…。


5.「I said this」
T:これはちゃんと曲にしようっていう意志が。
― この曲はライブでもよくやってますよね。
T:でもあんまりやらない方がいいのかなって思いつつ。
― え、なんで?
T:真面目っぽいのちょっと嫌だし…。
― あ、ふつうに歌の曲だからっていうこと?
T:んー…。
― その歌に関してですけど、最初の『TRACE』っていわゆる宅録モノみたいな感じとは違って、そのチープさと謎さが度を超すような過激さを孕んでいたからこそSonic Plateからリリースされたと思うんですけど、その後の『Japanese Girls』だと割としっかり歌の曲になってて、僕としてはその両極があってこそグッときたんですけど、今回のも1曲目と5曲目の歌モノと、2、3、4曲目のなんかよくわからない曲っていうふうにおおまかに分けられると思うんですけど、その違いについては。
T:自分では歌ってすごく特別で、なかなか導きだせないというか最終段階みたいなかんじで。でもここに来てまだ謎なものが出てくるっていうのは逆にこっちが必要なのではと思ったり。歌モノだと不必要な展開も形にするために入って来ちゃったり。そこは慎重にいらないでしょって思ったりはしてて…。『trace』の時はただ音楽を作ろうって意識だけがあって…。
― じゃあ両方とも特に区別があるわけじゃなくて、録音してる過程でいろんなものが出来ていく、みたいな感じですかね…。あとは、そうだ、「ORG.」の時は全編ほとんど日本語詞だったじゃないですか、でも「i.f.s」(「international friendship society」飛田やenvyのメンバーに加え、ドイツのHCバンドLearyのメンバーなど総勢12名によるバンドプロジェクト)とかミディネクだと歌詞は英語のもあったりとか、そういうのって…。
T:別にどっちでも気にしてないけど。歌に合えば…。
― この曲って意外に日本語ですよね。
T:意外に(笑)。


― CDも終わったところで、じゃあ、最後にジャケットの写真について聞いてもいいですか。
T:これは、いっちゃん(植本一子)が。
― なんか写真新世紀の賞とかとってるんですよね。
T:そうそう、なんかアラーキー賞(写真新世紀・2003年度優秀賞を受賞。荒木経惟、選)みたいな。その後にストリート期みたいな感じになってたんだけど、最近のはもっと考えてる感じっていうか。
― 光が特徴的な作風になってきてますよね。
T:すごい若いんだけど、めずらしく骨太な感じっていうか。今回のはうちに来てもらった時に日当たりの良い場所でいろいろ撮ってもらって。
― どれも良かったですよね。あ、そういえば吉田さん来週から始まるツアー(THE MEDIUM NECKSが帯同することになった『COSTA MUSIC Japan Tour 2007』)は行けるの?学校の卒業制作で行けるかどうかわからないって言ってたやつ。
Y:あ、あれね、結局通知が来てたから大丈夫だよ。
― え、通知?大丈夫ってどっちが?
Y:ツアーが。大学から今年卒業出来ないって通知が来てて…。
― えっ?…。



THE MEDIUM NECKS web, myspace
飛田左起代 (music, etc.)
吉田苑子 (movie, etc.)
飛田は、1999年にソロアルバム 'TRACE' をF.E.E.S/Sonic Plateからリリース。同年Midi Creativeのコンピレーションアルバム 'Japanese Girls' に楽曲を提供。以降「ORG.」「International Friendship Society」など様々なバンドに参加。現在「HELLL」のバンドメンバーでもある飛田は、2004年に吉田とともに「THE MEDIUM NECKS」を始動。同時に1st.アルバム 'THE MEDIUM NECKS' をリリース。音楽にとどまらず、ミディアム・ネックスを二人の多岐にわたる表現活動のプラットフォームとして捉え、各種アートワークを手がけたり、インスタレーション作品の発表等も行っている。
 
THE MEDIUM NECKS / stars, stars
(aotoao-02)¥1,050
中里丈人が主宰するレーベルF.E.E.S/Sonic Plateから過剰なまでにローファイで強烈な恍惚を感じさせる宅録アルバムによってデビューし注目を集め、その後90年代から日本のハードコアシーンを牽引してきた「envy」のメンバーらと共に「ORG.」「International Friendship Society」などのバンドで活躍してきた飛田左起代。あの中里丈人が主宰する『F.E.E.S/Sonic Plate』からデビュー作をリリースし話題になっていた彼女が、2004年に吉田苑子と「THE MEDIUM NECKS」としての活動をスタート!結成後まもなく発表された1st.アルバム 'THE MEDIUM NECKS' に続く3年ぶりとなる新作 'stars, stars' がリリースされました。
飛田左起代の憂いを感じさせる儚い歌声や奇妙な電子音響と器楽演奏が、意図的に崩された曲構成で奏でられ、ライブでの映像を担当する吉田苑子の手作業による切り絵やコラージュの静止画の繋ぎ合わせとそのループによって生み出される世界観とあいまって、不可思議かつ可憐な魅力を醸し出しています。


佐藤実(m/s, SASW) + 吉田アミ

  /聞き手:Asuna
祝・ao to ao リリース復活!というわけで、レーベルオーナーのasuna氏が、リリースした2組の音楽家に突撃インタビュー!の第一弾です。第二弾はこちらからご覧あれー。
物理的な現象とその概念をテーマに圧倒的なまでの作品群を制作してきた「WrK」の活動で知られる佐藤実(m/s, SASW)と、ハウリング・ヴォイスという奏法によって即興〜音響シーンで注目を集めてきた吉田アミ。その両者による10年前(!)の奇跡の発掘音源プラス同じコンセプトによる10年後(!)の再録音を収録した作品がついに!その特異な作曲作品について二人にインタビュー。10年前と10年後のいま、ふたりの見ている世界とは?

〜 2007年11月、渋谷にて 〜
― 今回の作品は1997年に録音されたものがもとになっているわけですが、佐藤さんに最初からこのボイスパフォーマーと作曲に関してのアイディアがあったのか、もしくは、アミさんの演奏を見てから想起されてできた作品なのでしょうか?
Minoru SATO(以下S):これはアミちゃんの演奏を見てから考えついたものです。まずこの当時の話をすると、国立にギャラリー・キゴマ(1999年閉廊)っていう場所があって、そこでWrK(当時は佐藤実、角田俊也、志水児王、飯田博之、富永敦の5名がメンバー。「時空間上で展開される現象や出来事という刻一刻と変化する事象と、それに対する私たち自身の態度や認識の変遷」をテーマに制作活動をおこなっていた。2006年11月解散)がよく展示をやらせてもらってたんだよ。坂田峰夫君が企画・運営するスタッフとして入ったのが94年かな。それから坂田君によく誘ってもらったりして展示とかイベントとかやったりしていたんだよね。
― キゴマで二人は知り合ったんですか?
吉田アミ(以下Y):いや、私の記憶だと最初は渋谷のパリペキン・レコード(虹釜太郎と軍馬修が1993年に開店。1995年閉店)で会ってたと思う。パリペキンにはWrKの作品の展示がしてあったし。
S:それは僕じゃなくて角田君かな。
Y:当時、角田さんが委託してた「月刊現地録音」やプラスター名義で売っていたカセットテープを買ったりしてたんですよ。
― 角田さんのカセットは以前ユタ川崎さんの家でいろいろ聴かせてもらったことがあるんですけど、どれもすごい面白かったですね。
Y:で、その当時に私が企画してたイベントに角田さんに出演してもらったりして。
― それから佐藤さんとも知り合ったと。
S:彼と一緒にアミちゃんとtamaruさんのライブを見に行ったのが最初かな。それからキゴマで我々がライブイベントを企画した時に、僕はアミちゃんと一緒に何かやろうと思って、その時からコンセプトを考えて、この作品のパフォーマンスをやってもらったんだよね。
Y:明大前のKID AILACK ART HALLで、私が企画したイベント(1996年7月27日「REM Vol.6 GRAY OUT-system error-」)でも一緒にやりませんでしたっけ?
S:いや、そこではライブやってないなあ。もう少しあとだと思うよ。
Y:そうだ、思い出した。角田さんとのデュオだった。Cosmosより前にサイン波とヴォイスではじめてやったプロジェクトでした。あれもおもしろかった。記憶が混同してますね(笑)。すみません!
― まぁそういう経緯がありつつ、その後にキゴマのパフォーマンスのために97年に録音されたと。
S:そうだね。パフォーマンス自体が予め録音してないとできないものだったからね。



― 2002年頃に佐藤さんの「SASW」名義のリリースされてない音源集をCDRでもらった中に、今回の作品(track1、1997)が入ってたんですけど、それまで僕がライブで見て知ってたアミさんの音とは全然違っていてすごく新鮮に聴こえたんですよね。それと同じコンセプトで再び録音したら面白いんじゃないかと佐藤さんと話していて、そのまま時間が経ってしまって結局2007年になってしまったわけですが…。この前録音した時(track2、2007)は僕も立ち会いましたが、ワンテイクおきに長めに休憩しながら録ってましたよね。10年前の時もそうだったんですか?
S:できるだけ時間を空けたほうがコンセプト的に良いと思っているので、休憩を長めに取りましたよ。
Y:前回も今回も同じくらいの間隔でしたよね。
― アミさんの演奏のオーバーダビングの回数はどれくらいだったんですか?
S:両方とも6テイクずつだね。
― 作品のインストラクションにある「再現ごとに発生する差違による細かな変化」っていうのはだいたい6テイクくらいが適切だと予め考えていたのか、それともコンセプト的にはもっとたくさんテイクを重ねた方が良かったとか、もしくはオーディオになる配慮というか前提があって6回にしておいたとか、そのあたりはどうだったんでしょうか?
S:最初から回数を決めていたわけじゃなく、構成をイメージしてもらってから即興演奏してもらったわけで、1、2、3回目くらいの演奏まではイメージが固まってないから、かなりばらつきが多いと思うんだけど、4、5、6回となってくると慣れがでてくるんだよね。普通の歌ものの音楽をやるみたいに構成が固まってきちゃうから、6回くらいが適切だったと。
Y:10回以上やると完全に覚えちゃって作曲っぽくなっちゃって、それだと佐藤さんのコンセプトから離れたものになっちゃうだろうし。
― じゃあやってみて6テイクくらいがその「差異と変化」が明示されるに相応しい回数だったということですかね。
S:この場合の即興演奏って、最初にイメージしたものを構造化して組み立てていくわけだけど、それで出来上がってくるテクニカルな慣れみたいなものが発生しない方が良かったわけ。
Y:あと私の声(喉)もそれくらいが限界だったから、あれ以上はそれこそ何日か空けないと無理でしたね。1日にパフォーマンスできる限界に挑戦したのは10年前も同じですね。
S:重ねたテイクは両方とも同じだけど、97年は全体の分数を指定していて、2007年の方は時間を指定しなかったっていうのが大きな違いだね。
― 分数があらかじめ決められていたっていうこともあってか、10年前のバージョンを聴くとアミさんの演奏は時間によって音が順に鳴らされていくような方法をとってたと思うんですが、2007年に録音した時は時間も各々バラバラで、演奏方法も全く違いましたよね。僕はその時この作品を97年バージョンのイメージというか、時間軸で音が配置されていくその構成と不構成によって「再現可能な」「差異と変化」をみる作品だと思い込んでいたんですよ。だから2007年の時に、アミさんが2回目のテイクを録音し始めた時に、1回目と発音するタイミングも全体の時間も全く違っていたから、え?何コレ?1回目と全然違うじゃん!って思ってて。だから合間の休憩の時に質問してましたよね。どういう考えでやってるんですか?って。
Y:どういうつもりですかくらいな(笑)。
― 97年当時のアミさんの音色と発音の時間構成の仕方が、そのまま2007年現在の音色と時間構成にかわったバージョンが録音されるっていうイメージでいたんです。だから思っていたものと全然違ったというか、これはなんだろう?って思って。あの時に話してもらったことをもう一回説明してもらってもいいですか?
Y:喉の使い方で構成してたんだよね。喉の右側から左側に、送り出す空気の位置をコントロールしながら少しずつ移動させていったんです。
― 感覚的に僕には分からないんですが、演奏の時はいつも喉に手を当てて発声してますよね。あれはそういう喉を通る空気をコントロールしているってことですか?
Y:そうだねー。97年の時はまだそこまで出来なくて、今はもっと選択肢が広がっていろいろコントロール出来るようになったから。
― でも、そのたくさんの選択肢の中から音色のパターンを聴かせていくようは方法ではなくて、逆に音色は限定して、その中でノドの使い方それ自体を構成として佐藤さんの作品にあてはめたっていうことですよね。このコンポジションの広がりをみたというか。それからはちゃんと納得できるようになりましたね。
S:広げてくれたのはアミちゃんだね。


― アミさんのハウリングボイスの変遷についても聞きたいんですが、当時から少しずつ変化して現在のスタイルになったのか、もしくは明確に何かきっかけがあって変わったんでしょうか?
Y:tamaruさんと制作した1st.アルバムが発売されてからかな。CDが完成して初めてそれを客観的に聴いたことによって、自分の声の要素を認識して選びとることができたんですよ。方法論はその時点からほぼ出来上がってましたね。
― その時に取捨選択した要素を研磨というか深化させて現在に到る、ということですかね。
Y:当時は演奏する場所ってライブハウスしか無いような状況だったから、所謂ボイスパフォーマンスっぽく振る舞わないとお客さんが混乱っていうかコレ何?みたいになっちゃってて。キゴマだと自分のやりたいようにやれたし、それを佐藤さんやtamaruさんに褒めてもらうことによって自分でも間違ってなかったって思えたし、その方向を押し進められましたね。
S:だから当時は僕らもギャラリーでしかパフォーマンスはやれなかったよね。あとはアップリンクがあるくらいかな。
Y:アップリンクはタケ(中里丈人。Dub Sonic、タケ・ロドリゲス、波動砲などの名義で活動し、レーベルSonic Plate、Far East Experimental Sounds通称F.E.E.Sを運営)が居たから私も企画とかやらせてもらえたんですよ。
― もちろんアップリンクもそうですけど、僕は経堂のギャラリー伝(2001年閉廊)にもよく行ってました。
S:あそこはロルフ・ユリウスの展示やったり昔から面白いことしてたよね。
― 佐藤さんのプロジェクトの変遷についても聞きたいんですが、元々この作品は「SASW」名義のものですよね。それとは別の「m/s」名義は展示の時に多いですが、それらの違いについて教えてもらってもいいですか?
S:いま言ってくれたように「m/s」名義は展示のインスタレーション等でコンセプトから創りあげていくのに対して、「SASW」は『定在波の探査 (Searching A Stationary Wave)』っていうのが基にあるんだけど、聴覚芸術のための名義として使ってます。
― たしかに「SASW」は非常に音楽的な作品が多いですよね。このCDもそうですが、最近は「Minoru Sato (m/s, SASW)」の名義で表記することが多いですよね。それはどうしてですか?
S:いやー、名義がいろいろあって混同されることも多いし全部入れちゃえって(笑)。まぁそれはともかく、「m/s」って速度記号でもあるんだけど、論理的な方向付けから作品を作っていて、特別「音」を意識している訳ではないんですよ。光とかの作品もあるし。でも最近は、音楽として聞いてもらっても嬉しいな、という気持ちも大きくあって。どちらの意味でも自分の作品だよ、と言う意味でそうしてます。
― 佐藤さんはミキシングも担当したわけですが、今回録音したものはトラックごとに時間がずれていたりと、前回とはミキシングの方法が違ったと思うんですけど、その辺はどういう風にまとめたんですか?
S:前回は時間が決まっていたからそのまま頭だけ合わせてミックスしていて、今回のは中心合わせにしたんだよね。アミちゃんが話してたように、音の出る仕組みを変化させるやり方でコンポジションしてくれたわけでしょ。だから喉の使い方がちょうど真ん中に来ているポイントで合わせるように構成して。
Y:あ、それすごい正しいかも!イラストレーターの(オブジェクトの整頓の)左寄せが真ん中寄せになったみたいな感じですよね。
― 時間軸でコンポジションしてるわけじゃなくて、発声方法の仕組みでコンポジションしてるわけだから、その構成の中心で合わせたと。
S:パンニングでは、97年のものは録音テイク順に右左右左ってそのまま並べていってたんだけど、2007年のは、時間がバラバラで最初と最後の無音部分のノイズの問題もあったから、一番長いのと短かったものを真ん中に置いて、あとは右左順に振っていくかたちでミックスしました。
Y:私初めて知った(笑)。


― じつはこの佐藤さんとアミさんの作品は、もう一つ別のバージョンがあったんですよね?それはどういうものだったんですか?
S:440Hzの音程を固定させて、10分の中でタイミングはアミちゃん任せで自由に発声してもらったものを何回も重ねていくっていうことをやってもらったんだよね。
Y:あー、やりましたよね。それは当時ライブでもやったような気が。(1997年8月17日「WrK presents "SASW:" ヴォイス・パフォーマーのための2つの作曲」@Gallery KIGOMAのこと)
S:同じ音程の声の反響が響きあってテープ音楽みたいになったんだけど、でもアミちゃんの声の特徴っていうことではそういう風に扱っちゃいけなかったんだよね。音程っていうことよりももっと物質的なものとして扱わなくちゃって。その点では今回の作品の方はアミちゃんの特徴を捉えてるかな。
― 佐藤さんのアルバムのレコ発(2007年7月14日「『NRF Amplification』発売記念ライブ "instrumentalize at gift lab"」)の時に今回作品のリアライズとしてのライブもありましたけど、あの時アミさんはかなり苦しそうでしたね。
Y:あれキツかったね〜!自分の声が一緒に鳴らされている中で演奏してたから音の位相がすごい変でやってて大変でしたよ。スピーカーの自分の音も強烈だったから自分も必死で。死ぬ気でやったからほんと苦しかった。あの音って一番過酷なやり方で出してるんだよ!
S:俺はけっこう過酷な事を強いてたわけね。ライブでやる時は実際の生声の音量とスピーカーから鳴らされる声の音量を同じにしないといけなかったから、全部合わせると物凄い強烈な音になったよね。ちなみにミックスの時の各テイクの音量比は全部録音の時のそのままのバランスを使ってるから、各テイクの最後の方はやっぱり音がかすれたり小さくなったりしてるんだよね。
― それこそパフォーマンス作品としての「変化が明示」されてる状態なわけですよね。作品のコンセプトにある通り。
S:アミちゃんのパフォーマンスって、所謂即興演奏とは違って、身体を使ってやるのに音を物質的に扱うっていうのが面白いし、そうなると作法みたいな音の扱い方ができるわけで、そういう要素はコンポジション的に面白いよね。もし他の所謂ボイスパフォーマー的な人がやったとしたら変化をつけたりテクニックをみせたりと音楽的な方向になっちゃうだろうしね。
― じゃあ、まさにアミさんのための作品だったんですね。
Y:タイトルは「ボイスパフォーマーのための」ってなってますけど(笑)。
S:いや、これはアミちゃんのための作品なんです。


Minoru Sato (m/s, SASW) web
1963年生まれ。1989年より"m/s"名義で活動をはじめる。1994年 - 2006年、レーベル「WrK」を運営。世界の成り立ちとその記述という観点から物理現象と概念に焦点を当てた制作を行っている。主な活動としてSound Culture (Sydney,1991)、Sound Art Sound as Media (東京,2000)、BEELDEN BUITEN/FRACTALS (Belgium,2002)への出品、Site of Sound (USA,1999)、Social Music (USA,2002)への論文、Amplitude of Chance: Book+DVD-ROM (2001)の企画などがある。また、SASW名義で音楽活動や学芸員として展覧会の企画も行っている。2007年4月、ソロCD『NRF Amplification』をリリース。同年9月にASUNAとのコラボレーション作品をSPEKKからリリース。
Ami Yoshida web
1976年生まれ。1997年、1040より1st.ソロアルバム『spiritual voice』を発表。ハウリング・ヴォイスという特異な奏法によって、即興演奏/音響シーンのみならず各方面で世界中から注目を集める。2003年、セルフプロデュースのよるソロアルバム『虎鶫』を発表。同年、アルスエレクトロニカデジタル・ミュージック部門「astrotwin+cosmos」で2003年度、グランプリにあたるゴールデンニカを受賞。近年では文筆家としても活躍著しく、太田出版から『サマースプリング』が出版されている。
 
佐藤実 (m/s, SASW) + 吉田アミ / COMPOSITION for voice performer (1997 and 2007)(aotoao-01)¥1,050
「'COMPOSITION for voice performer'は即興的なヴォイスパフォーマンスをテーマとして扱うものである。
まずパフォーマーに、ある特定の演奏構成を意図してもらう。つまり演奏行為として、目標とする演奏の性質が再現可能であると想定された「発声による演奏」を考えてもらう。つぎにその演奏を数回繰り返し個別に録音する。録音された演奏は、演奏者が目標とする「パフォーマンス作品」という意味で、何れも同等な作品である。しかし、当然即興と言う抽象性の高い演奏であるから、毎回微細な違いが生じる。
最終的にこれらの録音素材を編集段階で幾つも重ね合わせる。この作業を通して'COMPOSITION for voice performer'では、演奏者により意図された「パフォーマンス作品」の性質と、再現ごとに発生する細かな変化が明示されるであろう。
この作品はヴォイスパフォーマーである吉田アミのために作曲した。
-- 佐藤実 (m/s, SASW)


All About Pitchshifters の巻

/文・聞き手:ontonson

 
これは、南波一海が書いたピッチさんの紹介文。
その衝撃のデビューから一息ついて、ピッチシフターズが新作をひっさげてやってきました。
ちょっと前になりますが、ピッチさんのインタビューを収録していましたので、合わせてここで初掲載!ピッチシフターズ特有の音楽美学の秘密に迫るつもりが、その徹底した美学の深淵を垣間見て、ただただ衝撃を受ける…という事態に!みなさまそれでは心してお読み下さい。
▼リリース作品一覧はこちらにございます。ピクチャー盤から楽器まで豊富な品揃えです!
▼ピッチさんご本人による作品紹介は、【解説その1】と【解説その2】でご堪能下さい。


--- ピッチさんは昔から楽器やってたんですか?
ピッチシフターズ(以下P):いや、全然。
-- 鍵盤はどうやって覚えたんですか?
P:難しく言っちゃうと、自分で作った方向理論──方向学みたいなのがあって、それに乗っ取ってるっていうか。
--- 数字的に公式があって、そこを押さえて行くって感じ?
P:公式って言うより、鍵盤に書いてあるんですね。鍵盤に書いてある通りに演奏する。鍵盤に方向が書いてあるんです。例えば……ある場所にひとを沢山配置して、自然に動いてもらうとすると、何となくひとが動いていく方向が自然と決まってじゃないですか。何でもそうだけど。
--- 導かれるがままに弾いてるってことですか?
P:いやいや、そんな神秘的なものじゃなくて、もっと現実的で……。
--- 例えばこの音の次にこの音を弾く順番とか、そういう意味のこと?
P:そうなんだけど、もっともっと紐解いていくと、ピアノとかがなんでああいう形になったかっていうことに対する方向理論なんです。あれは人間が、例えば心臓が左にあるからとか、指が5本ずつあるからあの形になったっていうか、そういう現実をもとにいつの間にか形づくられたわけじゃないですか。それと同じで、方法、方角が書いてあるんですよ、鍵盤に。
--- え!?(笑)もっと具体的には?
P:それについてはビデオ出そうかなと思ってます。弾き方のビデオ(笑)。


--- 例えば、ピッチさんが使っているのは普通の鍵盤なんですよね。
P:そうそう。普通の12音階の、普通の鍵盤。でも例えば鍵盤が持っている形ってそれぞれ全部違うじゃないですか。
--- え、どういうこと?鍵盤の形が違うんですか?
P:違う違う。同じ種類のものはあるんですけど。例えばミっていうのがあって、俺はどれがミなんだかよく分からないんだけど、このミと例えばドの鍵盤を取り出してみると、形違うでしょ? そういう意味。でも、ミと同じ形をした鍵盤はあるじゃないですか。
--- 1オクターブ上のミですね。
P:ですよね。でも置いてある場所は違うでしょ。だから厳密に言えば違うって言うか。形は一緒だけど場所は違ったり、後、方向が違ったり。方向っていう言い方が難しいんだよね。
--- 分かった。ピッチさんが言っているのはフォルム? 音とかじゃなくて、形状?
P:うん形状。
--- でもそれだと、ミとか、シは同じ形ですよね。同じ形を弾くってわけでもないですよね?
P:それはもちろんちがう。結局、どうやって把握していくか、っていうことの手がかりみたいなものなんですよ。まず鍵盤はそれぞれ置いてある場所が違うでしょ? あと音の方角? 出た音の方角? それが一番わかりやすいと思う、どんな楽器にも言えるはずだから。ある音が出たときの、音が行こうとしている方向。どっちに行こうとしているかとか。行きたがっている方向に対する方向学理論なんです。
--- それは導かれるまま弾くということとはちがうんですか? その音の行きたがっている方向っていうのは、ピッチさんにしかわからないですよね。例えばある音を出したとして、その次に行きたがる方向って言うのは、ピッチさんにしかわかんないですよ。なんか、もうちょっと、そこの部分を具体的に聞きたいんですが。
P:うん。いや別に企業秘密にしたいとってわけじゃないから。俺は逆に伝えたいなと思っていて……。そもそも最初の時点から俺、音階じゃなくて音から入ってるから。古い電子音楽とか好きだったし、やっぱああいうヴィンテージシンセの音とか、楽器屋さん行って、聴いたりすると、欲しくなっちゃうんですよね。で、まぁ買ったはいいけど、実際には弾ける訳じゃないと。で、最初はただ単に音を出すだけだったんですけど、弾いていくうちに、なんとなく違和感のない音作りみたいなことを考えるようになっていったんですよ。


--- それはいつぐらいのことなんですか。
P:7年前とか6年前とか。でもピアノの弾き方の本とか読んでもぜんぜんわからなかったし、それで自分なりにやろうかと思った。最初はね、とにかく「伺った」んですよ。お伺いをたてるというか。例えばCDとかレコードって、教えてくれるじゃないですか。チャーリー・パーカーとかね。俺チャーリー・パーカーにすごい教わってるんです。「こうやるんだよ」みたいな。
--- ああ、一緒に弾いてみるっていうことですか?
P:そうそう。
--- でもチャ−リ−・パ−カ−を弾いてる時も、コピ−しているわけではないんですよね。セッションするとか、そういう感じ?
P:たぶん聴いてから音を出すから、聴いた音に対してのその反応みたいな? そういった音の出し方。どうすればチャーリー・パーカーっぽくなるのか。そういう意味ですごい優しく教えてくれたのは、サン・ラーです。特に最近再発がたくさん出てるようなタイプのやつ。その辺を狂ってるように集めてたから。毎日買ってたからね、レコード。それを聴いて一緒に演奏して、筋肉がまず覚えた感覚を作っていったんです。それがまあきっかけっていうか、間口にあって。で、その後、検証するのよ。どうなってんのかなあって、鍵盤を眺めながら。そうすると……なんか、大体か二つに分かれたんですよ、見た目。鍵盤が。鍵盤のグループが。まずドレミっていうグループ──三つ白鍵があって、黒鍵が二つあるっていうグループと、あと白鍵が四つあって黒鍵が三つあるっていうグループに、俺の中では分かれたの。それが俺にとって、ぱっと見た瞬間に把握できる、いわゆる一番最初に手が届く、認識。鍵盤の認識だったんですね。
--- 構造的に。
P:そうそう。その方法なら、ぱっと見た瞬間にどうなってるか分かる。それをもう一つ、一個上げた段階にしたんです。例えばドとファが同じ形をしているなとか、鍵盤として。


スタイロフォンムーグ
--- それはピッチさんが、自分で楽器を作ったりする中で、分解したりとかして発見したっていうことなんですか?
P:いや、もう見た目。そういう風になってるんですよ形が。で、黒いのはみんな同じなんだよね。ただ、左にあるか、右にあるかっていうのがちがう。
--- そうですね。二つあるか、片方にどっちかがあるかですよね。
P:そう。で、今度は楽譜を作るんです。まだその楽譜を見ながらは弾けないんですけど、一応再現は何となくできるようにしてあるっていうか。
--- 楽譜っていうのは、いわゆるおたまじゃくしの音符が書かれた楽譜ですか?
P:いや、模様みたいな。方向楽譜みたいなものです。この曲はこっち向き、別の曲はやや斜め向きとか、そういう違いがある。
--- ちゃんとルールがあるんですね。じゃあ1曲が1ルールっていうことになるのかな?
P:うん。
--- でも例えばメインとなるメロディと、その背景になるメロディとか、曲って色々パーツがあるじゃないですか。それも、すべて同じ一ルールで全部考えてるんですか?
P:全部それだけだね、多分ね。
--- ピッチさんの言うルールって要は、普通に考えるとコードですよね。このコードでやるっていうことですよね。
P:あーそうだ! たぶんそう。俺ね、最初、ファーストとセカンドだけなんですけど、スタイロフォンっていうのを使ってるんですよ。あれ、コードしか書いてないんですよ。多分あれがベースになってるんだと思う。まあ、サードからはムーグなんですけど、やっぱりそれもスタイロフォンと同じ気持ちで弾いてるっていうか。自分にとって、コード進行って何か、後にあるものなんですよ。俺、前にちゃんとピアノ弾ける人に一緒に弾いてもらった時があったんです。何か曲を流しながら一緒に弾いたんです。で、そうすると俺の方がその曲の先を行くそうなんですよね。それはどうしてかというと、いわゆるコードっていうのはすでに進行が決まってるものだと思うんだけど、それが俺の中でぐちゃぐちゃだからなんですよね。だから、先行ってるように聞こえたんだと思う、多分ね。そもそも俺はコード自体読めてなくて、結局ぐちゃぐちゃのかたまりでしか考えてないんだけど、でもコード進行の中で何が入ってるかは分かるっていうか。だからコードの中で四番目のやつを先に弾いちゃう可能性もある訳ですよ。そういえば、PEARLS BEFORE SWINEって、ESPのフォークのひとたちがいるんですけど、その中の曲で、よく自分の実験に使ったりひとにそれを説明している曲があって、一小節目のフレーズをループさせて、ずっとループさせてると、サビが聞こえるんですよ。
--- ピッチさんの頭の中に?
P:いや、実際に聞こえる。ほんとに聞こえんの。混ざって、なんかハーモニーみたいな、わかんないけど和音みたいになって、そこで生まれることがあって、それがそのままサビに使われているわけ。俺もそれをやっているっていうか。


--- たくさん思いつくルールの中で、逆に「これはやらない」と決めているルールもあるということなのかな?
P:うん。まぁ絶対やんないかどうかは分からないけど、今はやってないことはありますよ。結構わかんないからやってないことが多いというか、苦手だから後回しにしてるのかもしれないけど、でも自分の性格から言うと、多分それもやらないといつか気がすまなくなるかも。これは良かったのか悪かったのかわからないんですけど、結局なんか失敗がないっていう方法をとっちゃってるんです。失敗っていうのはあり得ないんだってこと。
--- 音楽に失敗なんてないということ?
P:弾いちゃいけない鍵盤はないんだってこと。
--- えー、そんなことないんじゃないですか? そもそもピッチさんの音楽に不協和音ってそんなにないから、弾いちゃいけない鍵盤を無意識のうちに選んでるんじゃないですかね?
P:そこはね、すごい高速で弾く必要がある。そうすると、弾く鍵盤はどれでもよくなるんです。すごい高速での演奏ってことは、そのタイミングさえ崩さなければ、何弾いても良い。大丈夫っていうか失敗があり得ない。
--- なるほど。それにしてもすごいのは、ピッチさんが今までずっとその独自の方法論でやってきてることですね。少なくとも今までは。壁にあたったりはしないんですか?やりつくしたみたいな。
P:あー、うんとね、まだまだ自分のルール(方法論)は作れると思ってるんです。まだまだある。だから、やってもやっても途方に暮れると言うか。あまりにも選んだ世界がでかすぎて、自由すぎて…。このくらい自由じゃないとつくれないっていうのもあるんだけど、でもここまで自由にすることもなかったかなって思う。ルールは枯渇することはないけど、心配なのは体力くらいかなぁ?全部のルールを試せる分の体力があるかなって(笑)。


▼リリース作品一覧はこちらにございます。ピクチャー盤から楽器まで豊富な品揃えです!
▼ピッチさんご本人による作品紹介は、【解説その1】と【解説その2】でご堪能下さい。


ONEOWNERのOWNERとダベるの巻


ONEOWNER RECORDS活動終了!ONEOWNERのOWNERとダベるの巻


  /文・聞き手:南波一海

寂しいです…。ビートがないのにアナログを二枚も出したり、ミックスものをしっかりとCDプレスしたり、CD+アナログを特殊パッケージで包んでおきながら破格で提供したり…と、たくましいまでに無謀な挑戦を続けてきたONEOWNER RECORDSが活動停止を発表。何故…と、悲観的になっても仕方がないので、今更ではありますが、ONEOWNER RECORDSをもっと皆様に知ってもらおうと、主宰のインナー・サイエンスこと西村氏にインタビューを突如敢行。とはいえ、しっかりとしたインタビューはFADER11号に載っているので、普段の会話、いつものやりとりを切り取ってみました。中盤以降がなんとも言えない展開ですが、いつものように全部掲載!!!
――じゃあ始めますか。
西村(以下に):始めましょう。
――ポートラルはFADERで取り上げているんですよね。
に:インナーサイエンスのインタビューだったんですけど、結果的に(笑)。
――じゃあレーベルについて聞いた方がいいっすね。
に:急に黙る。みたいな(笑)。

――Mr. Twiddleって誰なんですか?
に:みんなの心の中にいます。サンタクロース的な存在です。
――不思議ちゃんですか!
に:本人は不思議ちゃんじゃないですよ! 僕も違いますけど。まぁ例えばの話で。ちゃんと実在してます。
――Nekkenは?
に:こちらも実在しますよ。ってなぜそう言い方をするのかと言えば、一時期は「リリース全部お前の変名だろ?」とか聞かれてたんですよねぇ。そんな時期もあったなぁ。彼は大分前からの知り合いです。なんというか、DJ時の独特の間が好きで。曲の活かし方とか。でリリースを持ちかけた、と。
――SUGIって人、僕はすごく好きなんですけど、どこから見つけたんすか?
に:僕が某クラブで働いていた時の同僚です。割とゲットーなエリア在住。年も一緒で。彼との付き合いも長いなぁ。この前会ったら髭がすごかったです。
――フックアップに余念がないですね。
に:明らかに僕が引っ張り上げてもらってる側ですけど(笑)。青木(考允)さんとかモユニジュモくんとか、プランタジアとか、まぁ言ってしまえばリリースしてくれたアーティスト全員に。
――プランタジアは凄かったね。12インチ+CDっていうリリース形態と、あとあの装丁。
に:あれは私的クラシックですよ。段ボールジャケは、今思えばミシンでやればよかったかなと。ホッチキスで止めるんじゃなくて。まぁ今更反省されても、って感じですよね(笑)。あれ作るのにホームセンター行ったりしたなぁ。
――DJ Yaziのミックステープのリリースもありました。
に:Yazi君のDJは本当に良いですよ。このテープすごい好きです。彼のプレイは、わざとらしさが無くて、自然に踊らせてくれるんですよね。グルーブ感とゆうか。このテープに全てが詰まっている訳じゃもちろんないけど、その感じが映っていて嬉しくなりますねー。まだ在庫あるんですか? そういえば、もう他のお店ではほとんど見かけないですね。うちのタイトルはヒップホップだったりテクノだったりの専門店に置かれることが多いんですけど、なんなんですかね、客層が違うんですかね。
――客層と言えば、こないだ□□□でライブやった時に「バスタ・ライムスです」ってメンバー紹介したら、バスタ自体を知ってる人がお客さんの中に二人しかいなくて。他のところでも「ウータン・クランです」て言ったら、シラーっと(笑)。すべったというより知らないから、ぽかーんみたいな。
に:(笑)いかにヒップホップ層にアピールできてないってことですよね! もっと売っていきましょうよ!ヴァイナル切る感じで。アナログじゃなくてヴァイナル。
――切って下さいよ。
に:ええ??(笑)。まぁうち今年で終了だし(ニヤリ)。
――客層の話に戻すと、うちは他店さんみたいにワンオーナーのカタログがすぐに切れないんですよ。もちろん力不足というのもあるとは思うんですけど。 に:す、すみません!(土下座)オントンソンのお客さんはミックステープとかアナログ購買層が少ないのかな。ポートラルとかモユニジュモのインストとか、アナログでしか出てないんですけど、何だろう、興味があっても聴けないのかなあ。
――興味は絶対あると思う。やっぱりプレイヤーないんじゃないのかな。
に:やっぱり普通は持ってないんですか。オントンソンでプレイヤー作ったらいいじゃないですか?
――え? じゃあチャンスがあれば。
に:アナログの有効性って何なんですかね。コレクター的な要素を省いて。
――今やマスターもほとんどデジタルだしね。
に:そうですね。位相の問題とかあるし。でも、やっぱり好きなんですよね。アナログはまだアナログの現場に繋がってるから。もしかして(オントンソンの)お客さんとは求めるポイント違うっていうのもあるのかな。アナログで出すのは、CDEPっていうのかな、CDシングルで聴きくないっていうのもありますよね。CDシングルって一番聴く機会ないですよね。おそらく。それとアナログかCDかっていうのとは関係ないけど、作り手としては4曲とか6曲って集中できますよね。アルバム10曲とかじゃなくて。そういうのもあるのかな。
――そうですね。それにしてもアナログ、結構出しましたね。カタログの型番見てるとすごい数。
に:そうですねぇ。今年だけでも流通合わせて8枚かぁ。そういえば、うち最初の12インチ出す時、金だけ出してプレス会社にとんずらされちゃったんですよ。あとマスターも持ってかれたまま。だから型番OOR121がなくてOOR122からなんですよ。同情票は要らないよ! とか考えて当時はそんなこと発表しなかったですけど。まぁ青い時代ですよねぇ(遠い目)。
Mr.Twiddle
"Interet Capture vol.1"

DJ Nekken
"Astral Spiritual"

Moyunijumo
"DJEP"

残念ながら廃盤・・・
こちらも廃盤・・・
AOKI takamasa
"Simply Funk e.p."
残念ながら廃盤…
Plantazia
"Plantazia EP"
こちらも廃盤…
DJ Yazi
"Inspiration Information"

みんなの心の中にいるサンタクロース

バスタ・ライムス
comingのジャケ写のマネをしています。


に:僕、ファジー(曖昧)な感じがいいんですよ。
――「こういうのです!」っていう、キャラ立ちみたいなのをさせてないよね。
に:ワンオーナーはそういうのができないというか。かっこ良く言えば「独自性」とか言うのかもしれないけど、一方で「村」的な捉え方もできますよね。まあみんな村なんですけど。市町村があって、どこに属したいかってことだけだと思うんですけど。小さいところはなくなったり合併されていったりしますけど、うちはされないぞ、と。みんな大きくなりたいんですかね。村でいたいなら村でいいんじゃないかと思うんですけど。うーん自分でも何言ってるのか分からないなぁ。まぁそんなのどうでもいいんですけどね。と、みつまJAPANみたいな言動をしていたと(笑)。ファジーってしっくりくる言葉だと思いますよ。滲むと言うか。滲んでいきたい。
――これ文章にするの難しいなぁ。
に:でもこのまま載せちゃえばいいんじゃないですか。そういう活動でしたよ、きっと。2000年代は、というかそれもテロ以降なのかもしれないけれど、とにかく何でもかんでも定義し過ぎていると思いますよ。「俺はこうだ」みたいな。そんなのいいじゃないかと。こと音楽に関しては。
――全てはファジーという言葉に集約されていると。
に:そうですね。レーベル初期の段階で「レーベル買いされたくない」っていう意識はあって。逆に信頼されてないんじゃないかっていう。(レーベル買いされるレーベルの)ひとつの完成型でMo'Waxがあったじゃないですか。音からアートワークから全て一貫していて。ヒップホップなのにヒップホップじゃないし、つまりいいとこ取りで。あれは簡単にできることではないっていうのももちろんあったけど、追従もしたくなかったんですよね。まぁ青い時代だったんで(遠い目)。Ninja TuneではなくMo'Waxがやっぱりすごかったですね。Ninja Tuneは細分化が激しいですよね。うちはどちらかというそっちだったんですかね。二極化するわけじゃないですけど。まぁとにかく、やっぱりうちは掴みどころなかったんでしょうかね。それはそれで自分の中では一つの完成系とも取れるのかもしれないし、取れない気もするし、まぁそれすらどうでもいいかなー、と。どうでもいい、ってのは、あきらめの意味では決して使っていないので、そこは察してください!最近(辞めるにあたって)色々な声が寄せられていて、色々な捉えられ方をしているのを見て、ちょっと感動、みたいな(笑)。
――こないだ話したけど、海外のお客さんがポートラルを欲しいって言ってきて、こっちの勘違いでインナーサイエンスの12インチを送ってしまったことがありまして。で、もちろん「違うのが届いた。交換してくれ」っていうメールが来たんだけど、数十分後に「聴いてみたらこれ良かったから買う。ポートラルは次に注文する時に一緒に送ってくれ」って言うメールが届いて。お店としてはひどいミスなんだけど…。
に:いやぁ、あれはまさに得点に絡むナイス・トラブルでしたよね。本当に。美しい話だな。せっかくだから周りの人たちにも聴かせてみて欲しいなぁ。
――海外の人にもっと知って欲しいですよね
に:単純に色々な方に聴いてほしいっていうのはありますねぇ。ポートラルはどうしたらいいんですか!こんなに頑張ってるのに(笑)。
――本当に良いから、うちでもかなりおすすめしてるのにね。ポートラル。
に:いや、本当にありがたい限りです。まぁつまりピートラル。ピート・ロックですよね。
――ピート・ロックですか。。。
に:最近、ようやく友人がポータルって言わなくなったってゆうのに!
Potral
"Parallel E.P."
Portral
"Lights E.P."
Inner Science
"Gradual Floatage"

―― HEADZスタッフみほちゃん登場

――ワンオーナー・フィナーレということで、いまインタビュー風の雑談をしてるんだけど、何か質問して下さい。
みほ(以下み):うーんと、なんでやめんのやったっけ?
に:ちやほやされたいんですよ、気にされたい(笑)。
み:やめないでって言われたい?
に:そうそう。

み:やめないで〜(わざとらしく)! 最近何してるの?
に:曲作ってますよ。毎日。
み:犬の散歩は行っとる?
に:僕自身は行ってませんねぇ。うちは猫の家なのに、不思議な縁で犬が来ちゃったから、僕的には猫と同じ扱いですよね。おかげで猫化している気がします。まぁ僕は猫派閥ですから(断言)。世界の50%を占める猫派閥(本人比)ですから。
み:50%じゃないよ。多分6:4くらいで犬。

に:出た、犬派閥。
み:田舎とかで犬しか見ないやろ。
に:それは犬しか見てないからですよ。
み:じゃあ猫のどこがいいの?
に:猫は師匠ですよね。心の師匠。12月はつまり師走だから猫も走ってるんですよ。

み:猫は丸くなるやん。
に:犬は放っとくと臭くなるじゃないですか。
み:猫もやろ。
に:確かに。でも犬も可愛いですよね。

――唐突ですね。じゃあ次の話題いきましょう。では、普通の質問を。最近聴いている音楽は?
に:やっぱり普段作ってるからあんまし聴かないんですよね。でもDVDは見ますね。部屋にテレビを置いてないので、パソコンで見ます。10K氏とのライブセッションのとかは自分の事ながら、やっぱ見ちゃいますよね。あー、あと本読んでますね。文庫本読んでます。文庫カバー欲しいです。


――本と言えば。(秋田昌美著「わたしの菜食生活」を見せる)
に:おおー。菜食と言えば、JERU(THE DAMAJA)が菜食主義って言ってて、皮ジャン思いっきり着てましたよ。それが僕のヒップホップの終焉です(笑)。まぁフェイク・レザーなのかもしれないけど。野菜はほんと好きですよ。あとはまぁ、ロボットダンス上手くなりたいですよね(笑)。

とりとめのない話は延々と続きました………完。

2005.12.20 ontonson事務所にて


西村くんちの、ぼう

西村くんちの、ベア

みほちゃんちの、もも


カリフォルニアドールズ インタビュー

全音楽界を震え上がらせる(!?!?!?)異次元デュオ、カリフォルニアドールズが遂にアルバムデビュー
  / 文・聞き手:南波一海
吉田アミと和田ちひろによるデュオ、カリフォルニアドールズ(以下カリドル)。東京の特殊音楽専門店でひっそりと売られていたCDRで彼女たちを知った人もいるだろうし、ムーンライダーズのトリビュート盤や驚異のボックスセット『はっぴいえんどかばあぼっくす』でその名前を見たことがある人もいるかもしれません。毎回違う様相を呈するライヴに唖然とさせられた人もいると思います。もちろん吉田さんと和田さんそれぞれの活動からカリドルを知っていった人もいるでしょう。また、彼女たちの音楽はおろか存在自体全く知らない人もいるでしょう。

しかし、このアルバムを前にすれば、そんなことはどうでもいいことだ、ということがすぐに分かります。CDをかけて流れてきたのは、それまでの予備知識の一切合切を無効にしてしまうほどの異次元の音楽でした。これまでに体験したことがなかった音楽を目の当たりにして、そのまま放置しておくわけにはいかなかったので、その異次元に少しでも近づくべく、インタビューを敢行することを決意(ontonson WEB上では初の試み!)。

カリドルをリリースするために新レーベル「COMMUNE DISC」(全部大文字になりました)を立ち上げた鈴木氏を交え、吉田アミ、和田ちひろの両氏にお話を伺いました。

― まず基本的なところから・・・
(吉田アミ):こんなさー、インタビューとかじゃなくて、一日遊園地に行くとかじゃないとだめだって!デート・インタビューとかデート・レポートとか言って。
(和田ちひろ):ナイトクルージングとか行こうよ。船がいいよ。今、浅草からヒミコっていうのが出てるんだよ。
:ヒミコに乗ってタイタニックごっこしようよ。でひとり死亡(笑)。
― ・・・。ではふたりの馴れ初めから。
:まだプロポーズされてないよ。
:ああ…。そうらしいよ…。でも「私は音楽だけが恋人だから」みたいな。
― えと、結成のいきさつ教えて下さい。
:えー、なんとなくだよね。「夜行人間」って町田でやってたイベントか「76年式(1976年生まれが集うゆるゆるDJイベント)」かどっちかで、「お、かわいい女がいる」と思って声掛けた。こういうのって女子いないじゃないですか。
:そのイベントで映像やライヴをやったりしてて。その後吉田さんからメールが来て、告白されたんですよ。
:なんか勝手に言ってるんだけど…。「あなたとバンドやりたい」とか言って?(笑)
:そんな感じ。いやあれはラブレターだったよ(何故か真顔で)。
― それはいつ頃の話?
:97年とか?
:嘘だよ!2000年くらいだよ。
― じゃあ結成してわりとすぐに最初のCDR(2001年リリースの『カリフォルニアドールズ物語』)作ったんだ。
:うんわりと。
鈴(コミューンディスク鈴木):そうそう、ふたりが茶柱(渋谷にあった特殊ショップ )で営業している時に出会ったんだよ。
― 営業とか行くんだ。
:そんな気分だったんだよね。「営業!」みたいな。
― CDR出した後からずっと録ってたの?
:うん、バラバラだけど。
:ちゃんとやったのはここ1年だよね。
:そうだね。"アイム・ショックド"とかは結構前からあったけど。足掛け何年だけど、意識したのはこの1年くらい。
― なんかね、時代と全く関係ない音してるよね。古臭いとかじゃないんだけど、「なんだなんだ、これは」みたいな。
:うそー。エレクトロニカじゃないの?(笑)
:でもエレクトロニカの要素は入ってるよねー。
鈴:そんな無理矢理今っぽいキーワードを入れようとしなくても…。
:でも昔を懐かしむ感じでもないでしょ?
― なんて言うんだろうね、こういうの。
:新しい言葉作ってよー。新しい音って言葉がないじゃないですか。真の意味のアヴァンギャルドっていうか(笑)。まだまだ、わかりにくいかもしれないけど、これが一番新しいっていうか。100年くらい経てばね。もう死んでるって。
― (笑)、アルバムタイトルも、何の影響もない感じで。
:オンリー・ワンって感じ?(笑)。でも最初は『世界は、』だったんだよ。世界は、何?みたいな。
― 『世界は、』?それもすごいね・・・。
:2年前くらいに思ってたことだけどね。

― クレジットが色々な人の作曲になってるんだけど、これってどういうことなの?
:あれはね、カバーというか元ネタがあって、全然違う風にしてるから、なんていうか、カバーとも違うというか。
:インドネシアの童謡集のテープとか。
:そういうのとか昔の歌とかから持ってきてるんだけど、思い入れがあるのとかじゃなくて、「あ、これいいじゃん」みたいな感じで。
― ドラジビュスみたいな。じゃあきっかけを得るためのような感じ?
鈴:インスパイアされて作曲しました、みたいな感じなのかな。
:そうなのかも。歌詞はほとんど自分たちで書いてる。
― その音源からサンプリングとかはしてる?
:それは全くない。自分で鍵盤弾いて打ち込んでる。メロディも変えたりしてて。
:ライヴではサンプリング使うこともあるけど、このアルバムでは何かから取ったやつとか入ってないよね。
― お互い「こういうのができたよ」って持って来るの?
:どうだろう。あ、和田さんライヴ当日に突然持ってきたりするよね。一時、毎回のライヴで「さっき作ったよー」とかいう曲やらされたりしてた。"お嫁さん(が欲しい)"とかそうだよね。
:あったね、そういうブームが。家で作っといて、吉田さんに聴かせたら、思いのほか盛り上がったりして。「やろうやろう」みたいな感じで。
― ちひろちゃんが持ってくることが多い?
:でも一緒に作るかな。
:私が作ったやつには「こういう音がいいんじゃない?」とか相談したり。わりとハーフ&ハーフで。お互いある程度作って、話し合いで変えることもあるし、「こういう風にやって」ってやらされることもあるし、その逆もある。"アイム・ショックド"とか和田さんとこでとったよね。あれは、ビデオをフィードバックさせてるんだよね。
― へぇーーー。
:説明してよ。
:でもあれは企業秘密だから。
:ああ、真似されないようにね。
:いやいやいや。
:あれはすごいトラック数で。エンヤみたいな。
― アミさん、コスモスとかアストロツインとかとは全然作り方違うよね。
:違う違う。100倍くらい時間かかってるからね(笑)。
― ドラムの打ち込みとかやってるし。"Alex Expander"。
鈴:あれアレック・エンパイアへのオマージュなんでしょ。ユタ(川崎)君が「アレック・エンパイアみたいだね」って言ってて。
:あー。でも名前勘違いしてて(笑)。アレックスとか言ってて。でそれがそのまま曲名になった。
― パソコンでまとめたんですか?
:編集はパソコン。でも"うじ虫"とかは全部和田さんのサンプラーで。
:MTRついてるから。歌ものはうちで一緒にとって、まとめは吉田さんちでやって。
― それは行ったり来たりで大変だね。
:無駄なこといっぱいしてるよねー。みんなどうやって作ってるんだろうね。でもそういう作り方とかを模索していくのがミュージシャンじゃないの?みたいな。
― お互い同じソフト使うと楽なんじゃない?
:うちら同じソフト使ってても全然違う使い方してるしね。
:え、そうなの?
:え、全然違うじゃん。お互いSOUND EDIT使ってても全然違ったじゃん。
:あははは。
:…、まぁ、食べなよー。(ピザを和田さんに勧める)

― 歌詞はなんで文字に起こさなかったの?
:私はねぇ、聴いて覚えたり勝手に解釈されたりしたいというか。なんか、歌詞カードがあると、それ読んじゃったら聴かなくないですか?
:「炊きたてご飯はおいしいね」とかね、それだけ見てもわけ分からないしね。
:"ラスボス"とかも歌詞だけ見てもね。でも"ラスボス"頑張ったよね。
:頑張ったよねー。二人で練って考えたよね。
:私が和田さんをインタビューして、「言いたいこと言って」ってキーワードをチラシの裏とかにワーと書いてって、それを和田さんが寝てる間に組み立てて。私が曲聴きながらぶつぶつ書いてたら、和田さんが大笑いしてて(笑)。
:「何それー!」とか言って(笑)。
:「えー」とか言われながら、「和田さん、できました」って渡して。「まぁいいんじゃない?」とか言われて(笑)。
― 他に二人で歌詞をやったのは"遺伝子リコピー"。
:ああー。あれは吉田さんがほとんど書いたんだけど、
:一回書いて、データ消しちゃって(笑)。
:それで微調整してね。
:微調整して…
鈴:微調整…
:微調整(笑)。
― どんな調整ですか(笑)。
:微調整入っちゃった。だめだ、「微調整」だめだ。(何故かずっと笑っている)
:(優しく)微調整、良いよ。
:微調整必要だよね。(まだ笑ってる)
:"ぼろぼろ"とかは全部ひとりだね。"俺いい奴 俺悪い奴"とかも。
― クレジットの、lyricsとwordsの違いって何?
:ニュアンスの違い。リリックは即興で、ワードは歌。
― じゃあ"俺いい奴 俺悪い奴"は、、
:毎回違うよね。アドリブだもんね。だからライヴに来て欲しいよねー。
― すごい。どういう発想で言葉が出てくるのか全くわからない。
:"俺いい奴"をライヴでやる時、和田さんがすごいナーバスだから大変なんですよ。ずーっと書いてて、「ごめん今話し掛けないで」とか言って。恐いんだもん。
:それでねー、私がそうなるもんだから、吉田さん一度怒ったことあって、、
:怒ってないよ!
:「バンドだったら、ライヴ前は仲良くするべきだよ」とか言って(笑)。
:それ自分で言ったんじゃんか!…まぁ面白かったらいいかみたいな。まぁそんなこともあって、頑張って作ってきたわけですよ。ってまとめようとしてる(笑)。

― 中盤くらいからわりとポップな展開で。
:曲順は難産だったよねー。「鈴木さん、変えたいんだけどー」って呼び出されたりして、深夜の目黒までバイク走らせたり。
鈴:そうそう。全部決まった後に。
:「新曲入れたい」とか言って。
鈴:今更変更できないって時に(笑)。
:曲順は吉田さんが一回考えたんだけど、曲を入れ替えたり、そのへん、微調整して。
― 最後2曲がライヴだね。
:なんか、ボーナストラックみたいな感じで。聴きにくいかなーと思って。
― そんなことないけどね。違和感ないよ。あれどうやって録ったの?
:あれはライヴ映像のビデオから。
:「こんなところにお宝だー」って。

:鈴木さん、何か喋って。
鈴:…ふたりは、ここ1年頑張った。
:あはは、皆頑張ったよね。
鈴:半年くらいでスパートかかったよね。完成したことが奇跡。
:奇跡!(笑)。でも皆の力が結集したらすごいよね、みたいな。
鈴:イラストの絵も、電話口で知らされて。
:あははは、突然「決まったから」とか言って。鈴木さんちょっとキレ気味で(笑)。
鈴:「まじすか?」って(笑)。
― これすごいよね、刺青のところ、カリドルになってる。
鈴:絵自体は元々あったんだけど、入れてくれた。
:「もっと似せて書きましょうか?」って言われたんだけど。
― でもなんとなく似てるよね。
:左が私で、右が和田さんってよく言われる。でも図々しいよ。
― いや、似てるよ。
:お!きたきたきたー!
:でも絶対一人くらいは「この人たち、寺田(克也)さんと寝てる」とか思ってるよねー。
一同:ないないないない。
― なんか、居酒屋みたいだな。鈴木さん、ディレクションとか全くしてないんでしょ。
鈴:してないね。クオリティコントロールは一切してない。もうやりたい放題で。
:ジャケットも、「デジパックが良い。もうデジパックでいいよ!」とか言って。
:「すっずき、すっずき、」とか言って。


:こないだ妹分のバンドを作ろうって話になったんだよね。
― え、もう?
:候補ももう挙がってるんだよね。ハルカリとか。
:え、ハルカリ?それ初耳。
鈴:妹っていうか、年とか一緒くらいでしょ。
:全然違うよ!図々し過ぎ。
鈴:え若いんだ。そうなの?
― 10歳くらい違うよ。でもカリドルが誰かの妹バンドみたいだよね。
:誰だれだれ?
― 好きな人がすごい多いじゃん。みんなに愛されてるよ。
:そんなことないよー!
― いやいや、鈴木さんがアルバム出すって言ったのもそういうわけだし。
鈴:気付いたら出すことになってた。
:すごいゴリ押ししてね(笑)。でも鈴木さんには感謝してるよねー。素敵なお兄さんていう感じで。でも競争率高くて、他にもカリドルのCD出したいって人もいたしね。鈴木さん(Improvised Music From Japanの鈴木美幸氏)とか。鈴木さんだけにモテる、みたいなー、あはははは!

― 今更ですが、カリフォルニアドールズの名前の由来を教えて下さい。
:吉田さんが「〜〜ガールスがいい」って言ってたんだけど、その時結構好きだった映画があって、そこから。「ドールズだけどいい?」って聞いて、「いいですよ」って。
:で私は結成してから2年後くらいして、和田さんちでその映画見せられて。わざわざビデオ借りてきてくれたんだよね。練習の時に見て、でー見た途端に40度の熱が出た…。
― アミさん病弱だよね。
:弱い弱い。超虚弱体質。
鈴:弱そうに見えないんだけどね。
:人といる時は我慢してるから。で、ひとりになるとガッーと来る。って、今の言い方ポイントアップ?
:ポイントアップだよ!

― 最後に皆様にメッセージをお願いします。
:クリスマスプレゼントとかに買って欲しいよね!2枚くらい。それと、とりあえずサイトができました。各界からのコメントが来てるので、サイトを見て下さい!
:地道に努力して参ります。新人なんで。
:「I LOVE YOU」とか書いといてよ!


吉田アミweb
主にリズムや絶叫等を担当。 また、ヴォイスパフォーマーとして、自身のソロ活動の他、astro twin(w/Utah Kawasaki)、cosmos(w/sachiko M)でも活躍。2003年度アルスエレクトロニカ デジタル・ミュージック部門で、astro twinとcosmosのアルバムをそれぞれ収録した2枚組『astro twin+cosmos』がグランプリにあたるゴールデンニカを受賞。
和田ちひろweb
主にひらめきとメロディ、打ち込み等を担当。大学時代にビッグバンド、昭和歌謡ショー、ロックバンド等の音楽活動を経て、2000年初め頃カリフォルニアドールズを結成。11歳の時に自身で録音したピアノ弾き語りのテープが彼女の初作品ともいわれる。

 
カリフォルニアド−ルズ 『ドラゴンタイガーエスカルゴ』
California Dolls "Dragon, Tiger and Escargot"
(COMMUNE DISC/ CD1)
¥2,415
話題騒然、吉田アミと和田ちひろによるカリフォルニアドールズのフルアルバムが遂にリリース。 デス童謡?チャームハードコア?アヴァンRPG?乙女テクノ?ポストフリースタイル?ボーダーレスレス?いくら造語を作っても当てはめることができない超特殊なこのユニット。曲の作りやアレンジ、歌詞、演奏/発声、録音/ミックスに至るまで、よくよく聴いてみても、そのどれもが果てしなくオリジナルで愕然とします。経験したことのないほどおびただしい数の???を浴びせられること必至。ジャケットのイラストレーションは寺田克也氏によるもの。(release:Dec.2004)