今日は、ちょっと長いけれど、とある文章を紹介することにします。
出だしから思い出話になっちゃいますが。
あれは私が、こういう仕事をするようになるなんて思いもしなかった、
20歳、大学2年生の頃。
音楽家さんなんてほとんど知らなかった時期に、
はじめて会ったカッコイイ「音楽家」は、
amephoneさん、bucciさん、Tsukinowaのフミノスケさん、
そして、soundwarmこと、庄司広光さんでした。
知人の知り合いだったことが縁で今はなき千駄ヶ谷のレストランにライブを聴きにいってから
すっかりファンになり、ずいぶん追っかけをしたものです。
それが縁でいろいろな音楽を知るようになって、
ライブを企画したり、リリースや販売のお手伝いをしたり…
あれよあれよと今のような仕事につくわけですが。
それはまあいいとして。
ひよっこ時代の私も知っている、その庄司さんが、
今年、10年がかりでアルバムをリリースしました。
360°recordからの「instincts and manners of soundworm」という作品です。

わたしは大きな声で言いたい!
この作品、絶対にもっともっともっと、みなさんに知ってもらうべきであるーーーー!!
そんな愛する思いを、上手に言葉にできずにいたのですが、
今日、庄司さんの日記に、自身の言葉で作品についての解説があり
とっても感銘を受けたので、
許可を得て転載させていただく事にします。
私は、音楽家ではないので、
音楽を生み出すことの苦しみについては、想像することしかできません。
そしてその想像も、ぜんぜん足りないのだろうなと思います。
庄司さんのテキストを読んで、その様子を少しだけ垣間見た気になって。
ああ、音楽を売る、ということは、こういう苦悶と喜びの記録を売る、ということでもあるんだなあと
なんだか背筋が伸びる思いがしたのでした。
うん。きちんと紹介して、聴きたいと思ってもらえる人たちに、作品を届けられたらいいな。
まじめになっちゃった。けど、なんだか、そんな気持ちです。
というわけで、以下、庄司さんのテキストです。
ご堪能くださいませ。
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今年を振り返る時期になった、というわけでもないけど、自分の数少ないプロジェクトたるsoundwormのアルバムが今年出せたということ、その今後の展望みたいなものが射程に見えかけているということで、一旦整理してみたくテキストを書いたら、アルバムの全曲解説のようなものになりました。覚えているうちに書いて、書いているうちに忘れたい。ともかく、このアルバムを聴いて頂いてる方々には改めてお礼を申し上げたいです。自分の駄目さのカタマリのような物ですが、それを音楽として耳に入れて、少なからず良いと思ってくれてる人がいるってのは、自分も勿論嬉しいけど、これを出口の無い世界で録音だけしてた10年前の自分はもっと嬉しいのではないかと。
soundwormの作り方
「instincts and manners of soundworm」
このアルバムを作るのに、10年かかってしまった。と数値で書くと何やら大河な、深遠な、叙事詩な、軌跡な、遺作な感じだが、全くそんなことはなく、単なる牛歩である。食べ物に例えると干物や漬け物みたいなもので、放ったらかして貯蔵してた期間が長かっただけで、たまたま腐らなかったようなものだ…発酵食品は好きだけど。そもそもアルバムなぞ作るつもりではなかった。10数年前それまでやっていた音楽活動のようなものを辞め、八百屋に就職した。仕事は、それまで経験したどんな職種よりも健康的で面白かったが、それでも空洞はあった。少しでも時間があれば、趣味のつもりで、単にその時々の心の平穏を求めるためだけに思いついたことを片っ端から録音し始めた。今でこそ録音エンジニアが生業になり、好きなマイクや機材も買えるようになり、それなりに思ったような録音を出来るようにもなったが、その当時は録音機材といえば八百屋の先輩にgibsonのL-6 deluxeと交換してもらったビクターのDATレコーダーと、ジャンクで買った1/4インチのオープンリールレコーダーとアナログミキサーがあるだけだった。マイクはsm-58しかなかった。それらは決して悪くはないが、記録に対する接点は狭く、そこに出来るだけの現況を反映させようとしていた。もはや楽器は何でも良かった。その時々に設定した狭いルールに沿って、ただ音に従う。石油ストーブを点火する音が面白ければ、それを何回でも、ギターを滑り台にしてビー玉を転がす音が面白ければ、それを何回でも、いいと思うタイミングで録れるまで繰り返し録音した。そんな風にDATテープはドンドン増え、出口の無い音だけが段ボールに何箱も貯まっていった。その後、AKAIのサンプラー、MPC3000を買うが、さんざん使い倒した挙げ句、シーケンスを打ち込むことに違和感を覚え、エラー音を発生させてリサンプルすることの方が面白くなって、やがてはそれにも飽きて売り払った。出たばっかりのCDレコーダーもジャンクで買ったが、CDが焼けるということよりも、自分の録音を針飛びさせることの方が面白くなり、最終的には録音したCDRを電子レンジでチンするというところまで行ってしまう。電子レンジで焼くCDR。これは一瞬のうちにCDRの記録面に七色の火花が駆け巡った美しさと、異様な臭いと、記録面に残ったフラクタルな文様の破壊痕を生んだのみで、何の音的な成果は無かった(つまり何の音も再生されなかった)が、自分の音楽的経験の中でも非常にエポックメイキングな出来事だったと思う。出口の無い音との戯れの果てに、積もり積もった何かの思念が火花とともに飛び散り、とても軽くなった。同時にそれまでの録音行為を辞めた。それから先は急激に状況が変化し、色んな人と出会い、外の世界で色んなことがあり、気がついたら音楽は仕事のようなものになっていた。パソコンも買った。アナログテープ、DATテープ群は段ボールにしまったままになっていたが、360°recordsの虹釜さんがアルバムを出したいと言ってくれた。それから4年くらいかかって年に二回くらいのペースで昔のテープを聴き返したり、新たに録音を加えたりの時間を作り、マスタリングまで終え、更に2年くらいかかって2007年夏にようやく発売されることになった。編集はprotoolsで、マスタリングはOTARIのオープンリールテープで行なったが、何曲かはテープに通さない方が良い結果になった。マスタリング時のコンプレッサーはNEUMANN U-473A、イコライザーはTRIDENT series80のヘッドアンプ。録音時には考えもしなかった優秀な機材で最終段をまとめられたのは幸いであるが、それよりも、これら聴感上のムードも手法も録音時期もそれぞれ全くバラバラなモチーフの寄せ集めを、通奏的に辛うじて繋げているもの、引き寄せてるものは何なのだろう?未だに自分でもハッキリ判らないが、恐らくは触感のようなもの、その時々の肌ざわりのようなもの、かもしれない。また、この間、音程というものに非常にコンプレックスを感じていたことが影響してか、所謂音程や和声を基軸に作った曲はほとんど無い。しかしその反動なのか、このアルバムが世に出た今年の夏以降はやたらと音程が耳に押し寄せて来て、現在はなるべくそれらを採譜出来るように勉強中である。全く先のことは判らないものだ。とにかくこのアルバムに関して、10年、10年といつまでも言い、言われ続けるのは飽きたし、いま覚えてる限りのことを書いたら、もう忘れて、別の10年のことでも考えたいと思う。
以下、アルバム全曲紹介テキストです。